『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-31
「プレイ!」
桜子は腰を下ろし、構えをとった。
(………)
初めてマスクを身につけたとは思えないほど、その構えは堂にいっていて、ベンチで見守っている大和も、そして内外野に散るメンバーたちも、妙な安心感を覚える。それは、マウンドに立つ京子も同様であった。
ボールを握り締め、大きく脚を上げる。そしてそのまま、体を強くしならせると、それまでとは違う思い切りの良さで腕を振り放った。
「!」
ゴウッ……
と、松永の胸元を攻めてくる威力のあるストレート。それは、これまで対峙してきた京子のストレートとははっきりと一線を画するものであった。
「!?」
その威力に押され、松永はかすかに腰を引く。
ズバン!
「ボール!」
そして桜子は、松永でさえ萎縮を見せたその速球を、いとも簡単に捕球していた。コースが外れたか、ストライクを奪うことは出来なかったが、その威力が相手に脅威を与える。
「ほほぅ……」
わずかに歪む、松永の眉。明らかに程度の変わった京子のストレートに、その“脅威”を感じている。そして、それを捕球できる捕手が、今足元にいるということも。
(この女……)
初めて見る顔だが、彼女の存在がドラフターズに大きな影響を及ぼしたことは間違いない。これほどまでに相手の戦力を高めるほどの選手だとは、想像もしていなかった。
「………」
京子の真剣な眼差しを捉えた桜子はその意図を察し、強く頷くと更に腰を低くした。京子が投じようとする球種を、その雰囲気から嗅ぎ取ったのだ。特定のサインを定めていないにも関わらず、引き合ったようなその相性の良さは、女性同士ということも影響しているだろうか。
京子の指から放たれた白弾は、途中で鋭角的な変化をした。フォークである。
「うっ……」
真ん中の甘いところに来たため、松永はスイングを始めていた。しかし、まるで壁にでも当たったように落ちたその変化についていけず、空振りをしてしまう。
ガツ……
地面を抉ったそのボールが、思いのほか強く跳ねた。
「!」
しかし桜子はそれを逃さず、モノの見事にミットで掴まえる。
イレギュラーにも等しいそのバウンドにも反応した彼女の反射神経は、バレーボールの中で鍛えられ、研ぎ澄まされたものだ。
全日本代表のメンバーとして海外への遠征を重ねる中、日本人とは比べ物にならない欧米諸国のパワーとスピードを相手に戦い、鍛えられてきた桜子の動体視力は、投じられたフォークの軌跡をはっきりと捉えるばかりか、イレギュラーした球筋にさえ俊敏な反応をしてみせたのである。
「捕りよった……」
桜子の身体能力には、これまで何度も驚かされてきた。そして今回もまた、義妹の運動に対する天才的な感覚に龍介は度肝を抜かれた。
「ははっ……すごいね、この娘は」
京子でさえ、驚きを隠せない。本気のストレートをあっさりと捕球したばかりか、ワンバウンドして跳ねたボールにも対応してみせたのだから。
すでに熟練した捕手の凄みを、桜子から感じる。そして、頼もしくさえ思う。
それならと、京子は遠慮なしに全力ストレートを放った。