『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-284
「………」
「………」
しかし、絡んだ指はいつまでも水鉄砲の形を作らず、そのまま重なり合った。
(大和君の指……逞しい……)
改めて、大和の指を見つめてみる。その指先は、華奢なイメージがある大和からは想像も出来ない、骨ばった逞しさがあった。
「これが、ピッチャーの手なんだね」
「ん?」
「指先にも、マメがある」
「ああ……」
投手にとって指先は、肩・肘と並ぶ重要なパーツだ。ボールに触れる場所だから、素振りを繰り返した手の平のように、その部分の皮は何度も破れて厚くなっていく。当然、その管理にも相当の気を使う。
(そういえば……)
大和は、右手をあえて湯の中には浸からせていないようだった。水気を含んで膨らんだ皮が、何かの拍子で破れないようにしているのかもしれない。
「ごめん。濡れた手で、いっぱい触っちゃったけど……」
「いいよ。そんなにヤワじゃないさ。結局、体を洗うときは使うわけだしね。それに……」
「?」
「こんなふうに、さ。きみを触るときも、必要になるから」
「あっ……ちょっ……も、もうっ……」
むにむに、と大和の右手が触ってきたのは、湯の中で揺れていた桜子のバストだった。思いがけない戯れに、桜子は少しだけ身を捩らせた。
「えっちなんだから……もう……」
「ふふ。でも、これからは少し、気にかけるつもりでいるよ」
「んっ……そ、そうなの……?」
戯れに胸を揉んできた右手は、すぐに離れていった。少しばかり、桜子は残念に思う。…大和のことは、言えません。あなたも充分“えっち”です。
「僕は、やっぱりマウンドの上に立っていたい。今日の試合で、本当にそう思った」
「そう、なんだ……」
「うん。それで、きみが構えているところに、もっと投げていたい」
「えっ……」
「気持ち良くなれるんだ。全部、受け止めてくれるみたいでさ……。初めてだよ、こんな気分になったのは」
「大和君……」
今度は、大和の手が、桜子の左手を包み込む。
「大きくて、厚い手の平だね。キャッチャーをするには、持ってこいの手をしてるよ」
「うふふ。それって、誉められてるのかなぁ?」
「あ、と…。女の子に言うことじゃないか……」
「ううん、いいの。あたしにとっては、嬉しいことだから」
そういって桜子は、にっこりと微笑んだ。健康的な小麦色の日焼けと合わせて、本当に太陽のような暖かさを感じさせる笑顔である。
「今日は、いいキッカケが出来たと思う」
「そうだよね。大和君、すごい球を投げてた。あたし、怖くて目をつむっちゃったくらいだもん」
「木戸さんに打たれるまではね。本当に、調子が良かった」
ラブホテルの浴槽の中で一緒に浸かりながら、野球の話題に花を咲かせていると言うのは、いかにもこの二人らしい光景である。
「いつか、木戸さんにリベンジしたいな」
「うん。……その時が来たら、もう、あなたをひとりにしないから」
「え?」
桜子にも、悔しさがある。大和と亮が対峙しているときに、その威圧感に恐れをなして、逃げるようなリードをしてしまったことだ。
「あたしは、ミットを構えただけで、皆が安心できるような、そんなキャッチャーになりたい。女の子でも、なれるよね?」
「ああ、なれるよ。桜子さん……桜子、なら……」
「うん、頑張る。……あの、ね。これからは、ずっと、そうやって呼んでくれる?」
「?」
「今みたいに、“桜子”って、名前だけで…。“さん”づけは、もう、しなくていいかな…」
「………」
セックスの最中、気分が昂ぶって名前を呼びつけにしてくることはあった。しかし、日常の中で、大和が呼びかけてくる名前には、語尾には必ず敬称が入ってくる。
それは、彼の真摯な性格の表れであるのだろうが、やはり桜子としては引かれた線の存在を意識してしまう。それを払うには、やはり、自分の名前を完全に相手に預けることが、必要になるだろう。