『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-262
「ふうっ」
もちろん、腰に手を当てて。手にしているのがビールで、その体型が緩んでいたとしたら、何処にでもいる“オヤジ”の姿にしか見えないことだろう。
タオルを肩にかけ、リビングのソファに腰をおろす。一息をいれたところで、今日の試合の記憶が、彼の中に映像を伴って蘇ってきた。
(………)
対戦してみてわかったが、双葉大軟式野球部は確かに強いチームである。しかし、脆さもある。総勢9人という、試合を行うにはギリギリの部員数では、選手の層がやはり薄い。また、控えが一人もいないというのは、万が一のときを考えても実に懸念すべき問題である。
(こればかりは、どうにもならんが…)
部員の募集は、彼らの努力に任せるしかない。とりあえずその点は脇において、亮は双葉大軟式野球部のチーム力について考えを廻らせた。
気になったのは、センターラインの構成力に弱さがあることである。ちなみにセンターラインとは、捕手、遊撃手、二塁手、中堅手と、グラウンドの中心に沿った並びを指す名称で、特に、遊撃手と二塁手のコンビで成り立つ二遊間が、その要と言ってよい。
(あのショートは、いい選手だったな)
遊撃手はかなり広い守備範囲を持っており、状況を把握した守備位置の取り方、打球に対する反応の良さなど、これまで見てきた中でも、指を折って数える選手の中に入れてもいいと思っている。 自分が監督だったとしても、迷いなく彼に遊撃手を任せるだろう。
ただ、彼と二遊間を固めるセカンドの選手は、グラブの出し方、足の運び方、位置取りの考え方など、まだまだ慣れていない様子があった。
(野球を始めて、そう間がないんだろうな。でも、フットワークは良いし、それに、懸命な姿勢がいい)
それは、打球に対する反応を見ればわかる。ヒット性の強い打球でも最後まで追いかける姿勢に見えるように、野球に対する取り組み方は実に真摯で、好印象を抱かせた。経験と練習を積めば、これから更に上達していくことだろう。セカンドベースマンは、“努力のポジション”と言われるが、その意味でも彼には十分な資質がある。
(センターは……)
堅実に守備をこなしている。ただ、打球によって、その第一歩がわずかに遅れるときもある。慎重な性格なのだろうが、どうしても守備範囲の狭さを感じずにはいられない。
(基本的なことはできているんだが…)
カバーリングは的確で、送球も逸れることがなく、外野手としては十分に及第点を与えられる。打球に対する“勘の良さ”をうまく働かせることが、センターを守り続ける上での、彼にとっての課題と言えるだろう。ただ、厳しい見方をすれば、センターよりもむしろその脇を固めるライトかレフトの方が、能力を最大限に発揮できるのではないだろうか。
(さて、キャッチャーだな)
センターラインを構成する、もっとも重要な守り手が捕手だ。“扇の要”とも“屋台骨”とも形容されるほど、チームに与える影響力がもっとも大きいポジションである。自身が長らく務めてきただけに、その難しさは良く知っている。
素質は高い。前向きで明るい性格と、包容力を感じさせるおおらかさ。バレーボールでは世界で戦ってきたその運動能力も含め、心・体ともに、チームをまとめるのに十分な資質が桜子にはある。これで、技術的な面が加わってくれば、文字通り“心・技・体”の全てが揃った素晴らしい選手になるはずだ。
経験がものを言うポジションなだけに、まだまだ荒削りで未完成なところばかりが目立つ。小技で足元を狙われたら、今の桜子ではひとたまりもないだろう。そのあたりは、チーム全体でカバーしつつ、彼女の成長を見守る必要がある。
(キャッチャーを育てるのは、なによりピッチャーだ)
双葉大の左腕エースは、チームのキャプテンでもある。ゼロからチームを作り上げ、経験者と未経験者が半々のチームをここまで率いてきた指導力と統率力は、実に見事なものだ。彼ならば経験の浅い桜子を、より良い方向に導くことが出来るはずである。
(だが…)
認めるからこそあえて厳しい言い方をするが、肝心の投手としての力量は“隼リーグ”にあって中程度である。縦に大きく曲がり落ちるあのカーブは曲者だが、慣れてしまえばそれほどの脅威も感じない。