『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-246
球場にあるブルペンを模した“エキサイト・ピッチング”というブースがあり、9分割された的を狙うゲームなのだが、本格的なマウンドも備わっていて、投球練習場として使うのにも絶好のスペースであった。そこを、営業時間が終了した後、店長である風祭の好意で使わせてもらっていたのである。
『水くさいこと、言いっこなしだぜ』
その練習にはいつも満が付き合ってくれた。
捕手の経験がない彼ではあるが、打席に立つような形で的の近くにバットを構えて立ち、打者としての視点から大和の直球を確認していた。というより、甘い球なら容赦なく痛打した。
『元・高校球児を、なめるなよ』
ブランクはありそうなのだが、なかなか鋭いスイングをしており、満の意外な実力を知った大和は、彼を相手にした投球練習にも熱が入った。
『こうすれば、本場のブルペンみたいになるぜ』
満はそれ以外にも、自前のデジタルビデオカメラで大和の投球フォームを録画し、店内のテレビを使って、その場でチェックが出来るように調整したのである。仕事をしている時よりも楽しげに、“エキサイト・ピッチング”のブースにいろいろ手を加えていた。
『ふっふっふ…。秘密兵器は、これだ!』
驚いたことに彼は、大和が甲子園で活躍していた頃の試合を録画したビデオテープを所有していた。夏の甲子園大会で、“最も面白い”と言われる三回戦(ベスト16)の試合を、この頃には全試合録画していたという。“高校野球研究家(いわゆるマニア)”を自称するだけあり、おそるべき蒐集に対する執念といえよう。
“陸奥大和”だった頃の記憶と記録を持ち出されるのは、大和にとってはあまり好もしいことではない。しかし、技術的な面で言えば、このビデオの存在はとても貴重だった。なにしろ、自分が最も光を放っていた頃の投球フォームを見ることが出来る。まさに、“秘密兵器”である。
的に向かって数球投げ込んだ後、そのフォームをテレビに映して対比してみる。すると、はっきりとした“違い”は目に見えて存在した。
『やっぱり、肘だな』
故障したことによる影響か、投げる瞬間の肘の位置が微妙に違っていたのである。甲子園のマウンドにいた頃に比べると、今の投球モーションは肘の位置が低くなっていた。痛みに対する無意識の恐怖が、何らかの形で影響しているのかもしれない。
『でも、焦るなよ』
原因が、確かな形で見えている。それがむしろ、大和の中にある焦燥を煽ることになりはしないか、満は気にしていた。行先が目の前にはっきりしていると、人はその場所を目指して無理に足を速めてしまうものである。今の自分に残された体力も考慮せずに…。
肘の位置だけとはいえ、投球フォームに手を入れるということは、投手としては大きなことだ。下手をすれば完全にフォームを崩してしまい、その制球力はもとより、徐々に甦りつつあった球威さえ失うことにもなりかねない。
だから満は、全体的なモーションを考慮した上で、修正を図ることにした。テレビの画面に、ビニールテープを十字に張り付け、背中から見た大和の投球モーションを四分割して、それぞれの位置とバランスの具合を確認したのである。趣味が高じて、情報の集積・分析・洞察にいつのまにか長じた満は、大和にとってまたとない“専属コーチ”であった。
双葉大の専用グラウンドで行っている桜子との投球練習では、球数を投げ込むことによるスタミナの強化を意識し、“豪快一打”で始めた満との投球練習では、フォームの確認と微調整を行う。この夏の間に、ウォーキングや階段の昇降による足腰の基礎鍛錬を含めて、大和は投手としての練習を着実に積み重ねてきたのだ。
「ストライク!!! バッターアウト!」
それが結果として、実を結びつつある。
(あと、ひとつ……!)
加えて、この試合に対する集中力はこれまでの比ではない。その高まった集中と気迫が、肘に対する不安を消し去って、球威のあるストレートを投げさせていた。