『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-221
その地道な鍛練をこなしていくことで、大和の下半身にはどっしりとした安定感が備わっていた。“歩く”という、日々の習慣の中で少しずつ鍛えられたものだから、付け焼刃な筋力トレーニングにありがちなバランスの悪さを全く感じさせない。
「プレイ!」
相手の5番が打席に入り、試合は再開される。大和はプレートを踏みしめると、一呼吸の間を置いてから、振りかぶった。
すっ、と挙げた足をそのまま真っ直ぐに踏み出し、頭頂部から地面に向かって伸びる体の軸を真っ直ぐに保ちながら、重心を移動させていく。その基盤となる下半身がより強化された今は、振り子のように正確な重心の移動を可能にして、上体が前方に先行することもなく、しっかりと胸を張ったまま、一連の動作で増幅されてきたパワーを腕の先まで伝えることが出来る。
問題は、投げる時に感じることのある肘の違和感だが、この投球においてその障害は顔を出さなかった。
鞭のようにしなった腕が、鋭い振りを生む。そうやって伝えられてきた力の全てが、リリースする瞬間に指先で弾けた。
ビュン!
(え……)
大和の指から弾き出されたはずの球道を、桜子は見失っていた。
マスクで視界が狭まっているとはいえ、彼女の動体視力がそれほど低下することはない。それでも、大和の投げたボールを見失ってしまったのは、彼女が想像していた軌道より彼の投げたボールには、それ以上のキレとスピードがあったということだ。
スパァン!!
「ひっ…!」
ボールを見失ったままの状態だったので、唐突にミットを貫いた衝撃に、彼女は恐れを含んだ声を小さく挙げた。
今のは“捕った”というよりも、ボールがそこに“入った”と言うべきである。もしも大和の投げたボールが桜子の構えている位置から外れていたら、それはミットを掠めることもなく彼女の身体を射抜いていただろう。
(な、なに、これ……!?)
夏期休暇中の投球練習でも、これまでの練習試合でも、まるで見たことがない。それぐらい、凄まじい球威を有したストレートであった。
桜子は、ミットにボールを受け止めたまましばらく動けなかった。それは、ボールが見えなかったことに対する動揺もあるが、京子や雄太が投げる球とはまるで次元の違う球に魅入られていたからでもあった。
「ス、ストライク!」
主審の栄輔も、そのストレートに意識を取られた人物である。ストライクを告げるまでの奇妙な間は、予想とは違う球威を持っていた大和のボールに驚かされていたからだ。実を言うと、彼もまたボールの軌道をほとんど見失っていた。
(なんだ、今の球は…)
練習試合になれば、ボランティアで主審を務めることが多かった栄輔だ。大和の投げる球は、これまでにも数多く見ている。だからこそ、その違いがはっきりとわかった。
(前の試合の時よりか、速くなってるじゃねえかよ)
“男子三日あわざれば、括目して見よ”という言葉があるが、大和の投げるストレートはまさにそれであった。先に、彼が登板した試合からこの試合までの間隔は、2週間ほどである。その間に、劇的なシフトチェンジを彼は可能にしたというのだろうか。
(き、気合をいれてかからねえとな)
審判として、投げ込まれてきたボールを見失うことなど、あってはならない。栄輔は集中力を高め、じっ、と目を凝らして身構えた。