『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-200
(木戸……亮……?)
そして、知る人ぞ知る過去が彼にはある。
(軟式球界から指名を受けて、プロに行かなかったあの木戸選手か?)
ドラフターズのメンバーたちの体つきを観察しながらその力量を計っていた岡崎は、名前を聞くまで忘れていた過去の逸事を思い出す。瞬間、ドラフターズに対して配られていた彼の意識は、亮ただ一人にだけ注がれた。
「おはようございます、皆さん。今日は、よろしく」
そんな岡崎の視線も知らぬ風に、普段の温厚さで双葉大のチームメイトに接してくる亮。しかし、静かな雰囲気でありながら、確かな威圧をそのユニフォーム姿に感じた。
(これは……本物だ……)
岡崎は、その静かな威圧に畏怖さえ覚えた。緊張感が俄かに湧き出して、手のひらが汗ばんでくる。この感覚は、実に久しく得なかったものだ。
そんな彼の緊張を余所に、亮は桜子と和んだ様子である。
「実は、楽しみだったんだ。桜子ちゃんのいるチームと、試合ができるっていうのはさ」
桜子のことは小学生の頃から知っているだけに、妹に等しい感情がある。身長で追い抜かれようと、バレーボールで世界を相手に戦った経験を持っていようと、それは変わらない。
その少女が、自分と同じ野球の世界にきてくれたのだから、これを喜ばずにはいられなかった。
『赤木さん、お願いがあるんですが』
だから、龍介から“手を貸してもらえんか”という話が、京子を経由して晶に持ちかけられた時に、自分も参加させて欲しい旨を申し出ていたのだ。ちなみに亮も、龍介のことは旧姓の“赤木”を通称として呼んでいる。
「さて、準備させてもらうで」
積もる話はあるだろうが、今日は和みに来たのではない。龍介率いるドラフターズは、めいめいにグラウンドの中に散り、試合前のアップを始めた。
例の草野球大会では同じチームとして戦った相手が、今度は敵に廻るという。
「あのユニフォームを相手にするとはね。なんだか、不思議な気分だよ」
「うん。あたしも……」
自分が感じていた奇妙な感覚は、大和の中にもあったらしい。二人はまるで示し合わせたように、深く息をついて感慨に浸っている。
なぜなら、ドラフターズのユニフォームは、二人が出遭って間もない頃の思い出を揺り起こすものであったからだ。
二人を強く結びつけた“契機”のひとつを相手にして、今日は試合をするのだから、その深い感慨も頷ける話と言えた。
何はともあれ、“SPECIAL”な相手との練習試合は、始まりの時を迎えた。
「今日もいつもと同じようにいきますよ。先発はキャプテンで、8回からヤマトに投げてもらいます。ARE YOU OK?」
「Yes!」
往時の球威を失ったままとはいえ、大和はこのチームにあって唯一の控え投手である。これまでの練習試合でも、終盤になれば大和は登板していた。
お世辞にも安定した投球内容とはいえないが、安打・長打を浴びても、精密精緻なコントロールを駆使して粘り強く後続を打ち取り、途中降板したブロック戦での失点以来、彼は1点も相手に許さなかった。
(あと、もう少しなんだ…)
復調を確信できる結果は手にしていないが、実戦のマウンドに立つたびに、ひとつずつ何かを取り戻していると言う手応えは感じている。
桜子と重ねてきた投球練習以外にも、彼は独自の努力を続けていた。それらが、実を結んだときこそ、真の復活は形を得るだろう。
「わかっていると思いますが、Friendliyな相手といっても今日はEnemy。本気の本気で、ぶちかまして、ぶちのめすのですよ!」
「Yeah!」
練習試合とはいえ、勝負には間違いない。“エンジョイ・ベースボール”をモットーにしているエレナも、勝敗を度外視しているわけではないのだ。それにしても、返事の言葉が微妙に横文字になってきたのは、エレナの影響であろうか。