『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-178
「もう汗だく。早く、シャワーでさっぱりしたいわ」
はたはた、とシャツの胸元をはためかせる京子。タオルで首筋や額の汗を拭うその仕種に、働くお姉さんの魅力を感じさせる。
(おぉ……)
感じているのはもちろん、龍介である。
「あら、大将。視線がいやらしいわねぇ」
「そ、そんなんやないで」
「後で、由梨さんに報告しとかないと。“色目で見られちゃったわぁ”って」
「おわっ、ご、後生や!」
そんなことになったら、営業に支障が出てしまう。
由梨は、龍介に対して寛容で優しいが、ひとたびジェラシーに狂うととんでもないことになる。それを宥めるためには、一晩で何度も彼女を性的に満足させなければならなくなり、龍介は文字通り、精も魂も尽き果てるほどに搾られるのだ。
かつて一度だけそういうことになった。本気の話で、精根と生命の尽きた証である“赤玉”が出るかと思うほど、搾りに搾られた。翌日、蓬莱亭が“臨時休業”になったのは言うまでもない。
「うふふ、冗談よ。前みたいになったら、お互い困るモンね」
「はぁ…。頼むわ、ほんまに……」
前回、そういう事態の遠因になったのは、実は京子の存在である。
伯父から店を譲られ、新しく店主の座についたとき、まだ右も左も判らない中で彼女が頼りにしていたのは、先代同士から縁の深かった蓬莱亭であり、その時すでに亭の主となっていた龍介は、その義侠心から京子の相談によく乗っていた。
『龍介さん、京子さんに気があるんでしょう? わたしよりも可愛いし、明るいし、元気ですものね……!』
それがあまりに密なものであるように由梨には見えたらしく、積もり積もった嫉妬の情がついに爆発して、蓬莱亭に危機を呼んだのである。
そのとき、既に京子は今の夫である幸次郎と婚約関係にあったから、それを話すことで誤解はすぐに解けた。しかし、“放っておかれた”という夫への恨み節は、先述の激しい夜のまぐわいとなって龍介を気持ちよくも苦しめたのであった。
「でも、あれのおかげで、由梨さんと仲良くなれたのよねぇ……。雨降ってなんとやらって、よく言ったモンだわ」
不思議なもので、その騒動を契機に、由梨と京子は仲が良くなった。その中に晶を加えた女三人の友情は、晶と京子が相次いで結婚するに及び、更に深まっていったのである。“姉妹”と言っても差し支えないほどだ。図式で言えば、長女が由梨で、次女が晶で、三女が京子といった具合となろうか。
実は、由梨にはもうひとり、長く懇意にしている女性がいるのだが、大学の教授を務めている彼女は、今は史料分析のため中国に滞在しており、久しく逢えていない。“佐倉玲子”という女性だが、彼女は由梨よりも歳が上だから、彼女こそが“長女”というに等しく、そうなると“四姉妹”ということになるのだろうか。ちなみに、玲子嬢も既婚者である。
…話が、随分と逸れたようだ。
「なんやら、思い出したら疲れてもうた。ワイも、一服するわ」
「は〜い」
騒動を思い出しただけでも、龍介は精気を奪われてしまったらしい。
「由梨さんのヤキモチ、結構すごいからね」
「あはは……」
普段が貞淑で慎ましやかであるが故に、ひとたび激情がはじけると由梨は際限がない。
「あたしも、これで終わり」
撒かれていた水をモップで拭き取り、床全体を磨き終わった桜子。奥に下がって、着替えを済ませ、京子の隣に腰を下ろした。
「おかわり、いります?」
「うん、ありがと」
冷えた麦茶が入っている水差しと、自分用のコップも持ってきていた。桜子はそのまま、空になっていた京子のコップに、二杯目を注ぐ。
「ところで、桜子」
「はい?」
「草薙君と、ラブラブ?」