『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-176
『ふぅっ、くっ、あ、んふっ……』
乱れた息遣いを耳に捉えたとき、扉を軽く叩くはずだった大和の手は宙で止まった。無意識に、彼はすべての神経を聴覚に集中させる。
『ふ……う……んん……んっ、んぅっ……んくっ!』
扉越しに聞こえる、甘さを交えた切なげな吐息…。中を覗き見なくとも、桜子が何をしているのかは瞭然であった。
『大和くん……あ……んはぁ……大和……くん……』
『ん、んぅっ、ふっ、くっ、んくっ、んぅっ、んんっ……!』
『イ、イクッ………あ、あっ……! はぁぅっ……! ん、んむぅぅっ……!!』
そのまま、扉の前に仁王立ちになって、大和は桜子の喘ぎ声を聞きつづけていた。彼女が自分の名を呼びながら、果てを越える瞬間の声まで…。
「………」
心なしか甘い空気が残る部室に、大和は足を踏み入れる。そして、彼女が座っていたはずの椅子に、大和は指を這わせた。
「ここで……してたのか」
天板に残っている、かすかな沁み。それは間違いなく、桜子が残していったものである。
(そんなに……)
自慰をしたということは、性的な衝動が彼女の中に生じたということだ。しかも、部室でそれを解消していたと言うのだから、帰るまでの辛抱ができないほど、彼女には性の欲求不満が溜まっていたのだろう。肌を許し合った恋人として、少しやるせない。
セックスが空いた間隔を、確かめてみる。前に桜子を抱いたのは、五日前になる。確かに、これまでの間隔を考えると、長かったかもしれない。
『あ、ああっ………。すぅ……ふぅ……。や、大和……くん……!』
自分の名を切なげに呼び、ひたすら自慰に耽っていた桜子。いったい何が契機となって、彼女の衝動は弾けてしまったのか…。
(考えるまでも、ないか)
部室の中に忘れられていたはずの、自分のタオルがなくなっている。それが、“答”であろう。隅々まで、己の汗を拭い取った代物だ。湿り気と、汗の香りを多分に含んでいたのは間違いない。
『は……あぁ……ん……。い、いい……きもち、いい……』
そんなタオルを口元に押し当て、桜子は自らを慰め昇りつめていったのだ。自分ひとりの手で…。
(………)
自分のタオルを使って自慰をしたこと。それを責めるつもりは毛頭ない。むしろ、マスターベーションによる解消が必要なほどの欲求不満を与えていたのなら、それを反省しなければならないのは自分の方だ。
(…違うな)
自分に向けた詭弁に、大和は苦笑した。
かすかな苛立ちが生まれ、胸の中にしこりを残している。その中には、桜子に対する負の感情を多分に含んでいた。
『イ、イクッ………! あ、あっ……、はぁぅっ……、んっ、んむぅぅっ……!!』
ふと、彼女が絶頂に至った時の嬌声が蘇ってきた。記憶の中に刻まれた声でありながら、鮮やかすぎるほどのリアリティがあった。