『SWING UP!!』（第１話〜第６話）-161
「吉川！」
「は、はい！」
しかも彼は、足が地面につかないうちに、二塁ベースのカバーに廻っていた吉川に送球していた。余裕のない体勢で捕球したにも関わらず、その後のことまでしっかりと考えているのだから、彼のセンスは真に非凡である。
ライナーということで、塁間で様子を見ていた二塁走者が、まさかこんなにも早く送球されるとは思わず、慌てたように帰塁の動きを取る。
「アウト！！」
しかし、それよりもはやくボールを受け取った吉川の足がベースを踏み、これまた二重殺に仕留めたのであった。
ゴツッ！
塁上に誰もいなくなり、逃した好機の大きさに少なからず落ち着きを失っていた５番打者は、高めのボール球に手を出し、ファウルゾーンへの小フライを打ち上げた。
「！」
最も打球に間近いところにいた桜子は、すぐにそのフライに反応し、腹から滑るようにして、地面に落ちる寸前のそれをミットの中に収めた。ボールに向かって飛びついた彼女の姿は、バレーボールのフライングレシーブそのものである。
「アウト！！！」
好守の連続で、無死二塁の危機を無失点で切り抜けた。
「ＶＥＲＹ ＦＡＮＴＡＳＴＩＣ！ オカザキさん、サクラ！！」
ベンチから立ち上がり、手を打ち叩いて二人の好守を讃えるエレナ。大量得点を奪った過去の２試合とは違い、３点のリードがあるとはいえ競った試合をしている中でのファインプレイは、味方に大きな流れを引き寄せる。
（そろそろ、追加点を入れねえとな）
６回の裏、雄太が先頭打者として打席に入った。この試合、初回の２点をたたき出したのは、彼のバットである。今日に限って言えば、投手としての責務は大和に、配球のリードについては桜子に任せているから、彼が気を廻す事柄は少ない。それだけに、打者としても非凡な才能をもつ雄太は、そのバットで大きな存在感を示していた。
キィン！
ボールが二球続いた後、ストライクを取りに来た甘いコースへの直球を強振した。響きのいい音を残した打球は、右中間に高々と舞い上がる。
その打球は、ホームランの地点を示すネットを越えた。
「おおっ！」
双葉大のベンチが沸く。その歓喜に応えるように、左拳を力強く突き出してから、雄太は塁を廻る脚を少し緩め、本塁打の感触を味わうようにしながら悠々とホームへ還ってきた。
「どうよ、大和！」
「ナイスバッティングです」
ウェイティングサークルで静かに打席を待っていた大和と雄太は左腕を突き合わせる。
（………）
不意に大和は、雄太が自分のことを名前で呼んだことに気付いた。それだけ、自分がこのチームの中に馴染んだということであり、先輩たちに強く支えられていた甲子園での戦いを思い出して心が暖かくなった。
（久しぶりだな、こういうのは……）
そんな先輩たちが卒業していき、エースナンバーと４番の座を預かるようになると、同輩たちの冷たい視線と態度が露骨に見えるようになった。それを払拭するには、実力で存在感を示し続けなければならないと躍起になった結果が、右肘の故障である。
「………」
最盛期の頃に比べ、自分自身は投手としての力を半分以上も出せていない。しかし、投球練習をはじめた時に感じた焦りや情けなさは、今はもう湧いてはこなかった。
『不遇があっても、それを乗り越えれば、必ず慶事がある』
蓬莱亭で聞かせてもらった幸次郎の言葉は、大和に大きな意味を与えてくれている。
確かに自分は、肘を壊したことで野球選手として持っていた名声を失った。失ったものに執着し、それを取り戻せない日々に苛立ちを感じたこともあった。そんな苛立ちが、逆にいろいろと悪い廻りを自分に与えていたのだろうと、大和は思う。葵との出会いとふれあいは、そんな自分を見直す最大の好機だったのに、それさえも活かせず彼女に哀しい思いをさせてしまった。それは、大和の大きな悔いとなっている。