『SWING UP!!』（第１話〜第６話）-159
國文館大学との試合は、雄太が言っていた通り大和が先発に立った。実戦のマウンドに立つのは、実に久しぶりである。たとえ、球場ではなくとも、言い知れぬ興奮と緊張を思い出す大和であった。
「いくらでも打たせてくれよ。俺らが、守ってやるからな」
ファーストミットを手にした雄太が、試合の始まる直前に寄りあったマウンドの上で大和を契機づけている。左利きの雄太が内野を守るとすれば最もファーストが適しており、従って、一塁手だった若狭は今日の試合は大和の代りにサードの守備についていた。
大和の投手としての力量は、雄太の目には実を言うとかなり物足りなく映っていた。練習の中でフリーバッティングにも登板してもらい投手としての大和を観察したところ、確かにコントロールはよいのだが、球威が乏しい。時々、目を見張るほどに伸びてくるストレートもあるが、それは稀であって、いわゆる“打ち頃の球”ばかりであった。
（今日は守りあいになるだろうな）
だが双葉大学はむしろ、内野守備陣に自信のあるチームだ。小石の混ざる劣悪なグラウンドで、イレギュラーばかりのバウンドを相手にノックを重ねてきた結果であるし、なによりショートを守る岡崎の守備範囲の広さがある。二塁手の吉川も、野球に関しては経験が浅いが、中学・高校とテニス部にいたというそのフットワークと反射神経はかなりのもので、守備については既に玄人のような動きを見せていた。
「桜子も、しっかりと草薙を守り立ててやってくれ」
守りあいとなれば、試合の鍵を握るのは捕手の存在だ。
「頼んだぜ」
「はい！」
今日のリードを全て任されている桜子だが、それに対する気負いはあまり感じられない。何事にも物怖じしない胆力の強さは、世界で戦ってきた故の練られ方をしている。その落ち着き振りを見て、雄太は安心を覚えた。
（やれるところまで、やるしかない）
かたや、大和の方はわずかな気負いを感じている。緊張していると言ってもいい。
結局、この試合までに大和のストレートは、往時の威力を取り戻すには至らなかった。それでも、投球練習を重ねるうちに投手としての勘を少しずつ取り戻していったのか、乱れていた球筋は安定した。だが、それは“抜け球（棒球のこと）”が少なくなったというに留まっていて、例の“快速球”は思い出したときにしか桜子のミットを貫かなかった。
（でも、やっぱり、大和くんはすごいよ）
そんな状態でも、大和が甲子園を席巻した好投手であったという片鱗を、桜子は充分に見出していた。
その“制球力”である。いわゆる、コントロールのことだ。
自分が構えたミットのところに、大和は寸分違うこともなく直球を投げ込んでくる。針の穴を通すぐらいに彼のコントロールは精密精緻で、球威がなくともその制球力を上手に活用すれば、好結果につながるはずだと桜子は見ている。
つまりは、大和を活かすも殺すも、桜子のリード次第なのだ。だからこそ彼女は、捕手の考えるべきことをこの試合までにみっちりと頭に叩き込んできた。大和の家にいる時も、蓬莱亭にいる時も、これまで読んだ書物や、プロ野球の中継を通して感じ思いついたことをメモにしていた手帳のチェックを欠かさなかった。
（あたしが、大和くんを守る！）
そういう強い想いが桜子の中にはあった。この時点で、彼女は捕手としての気構えを心得ていたことになる。
「プレイボール！」
大和と桜子が、初めてバッテリーを組むことになった試合の幕が上がった。