『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-152
その努力が身を結んだのが、入団3年目の時である。
長年の成績不振によって首脳陣が総入れ替えとなり、“折合(おりあい)”という、球界でも超個性派として知られていた人物が新しい監督になったのだが、その秋季キャンプのときにこれまでの慣例を打ち破って、一・二軍の枠を完全に取り払って全体練習を行ったことがその契機であった。
普通、二軍の選手が一軍の監督の目に止まることは、ほとんどありえない。それは、一軍と二軍が完全に分割された状態になるからであり、当然、その練習場も違ってくるからなのだが、新監督である折合はそういう慣例を破ることからチームの改革を始めた。
“埋もれている有能な選手を、見過ごすことなく発掘したい”これは、折合が監督就任の際に、記者会見の中で発した言葉だが、早速それを実践したのである。
そんな折合の目に止まったのが、管弦楽幸次郎だった。右の長距離砲を何より望んでいた折合監督は、フリーバッティングや練習試合で強烈なスイング(バットに当りはしなかったが)を見るなり、
『オレの打撃理論を実践できるのは、管弦楽だけだ』
そう言い切った。“軟式出身”という経歴のため、二軍でも試合に出る機会の少なかった幸次郎は、折合監督に見込まれたのである。
後からの話になるが、幸次郎が“異色の選手”であることも折合監督には好意的に取られていた。そういう意味でも、なるほどこの監督は“個性派”である。もっとも、監督本人がドラフトの下位で指名を受け、入団早々“あいつは使えん”と首脳陣に烙印を押され、長い不遇に耐えながら独自の努力を重ねて徐々に力をつけていき、日本人選手としては前人未到となる三度の三冠王を達成するなど、最終的には四十を越えるまで現役で活躍した“苦労人”だったのだから、相通ずるものを感じていたのかもしれない。
とにもかくにも、折合という存在をえて“鳳趨(ほうすう)”は成鳥である“鳳凰”となった。一軍に抜擢され、数字を残すようになり、昨季に至っては、オールスターにも出場するほどの選手に成長したのである。折合監督が現役の時に愛用していた背番号“6”を、今季から彼がつけるようになったことを見ても、幸次郎に対する期待と信頼の大きさが窺える。
野手出身ということもあり、折合監督となってからのロッツは特に、若い野手の目を見張る台頭ぶりが目立った。“12球団随一の極貧打線”と揶揄された頃が嘘のように、ここ数年のロッツはそんな若い野手たちを中心とした打撃陣が活発だ。これで課題である投手陣さえきちんと整備されれば、30年以上遠ざかっている“優勝”も夢ではない。
……少し、脱線が過ぎたようだ。
「何かを成す人間は、必ず何かを背負うものだよ」
「何かを、成す……」
歴史の中に出てくる傑人は、常に不遇の時があった。それを糧にして、大きく雄飛したからこそ彼らは歴史にその名を延々と刻み続けているのだ。
幸次郎と話を続けるうちに大和は、自分から“至福の時”を奪ったとこれまで漠然と考え忌み嫌っていた肘の故障が、むしろ幸運なものであるかもしれないと考えるようになっていた。そもそも、肘を壊したからこそ、関係が終わったとはいえ一時の安らぎをくれた葵と出逢うことができたのであるし、桜子たちとの親密な縁が生まれたのだ。それらは野球と離れた出来事ではあるが、確かに大和にとっては“慶事”である。
「そうか……」
今日の投球練習で感じた大和の不安は、綺麗に消え去っていた。甲子園で活躍していた自分の影から受けた束縛を、彼は自ら解き放ったといってもいい。
(大和くん……すごい、いい顔してる……)
右拳を、ぐ、と力強く握り締めている大和の横顔に、確かな熱気が宿ったのを桜子は見つけた。今日の練習のとき、自分の不甲斐なさを自嘲した姿からは想像も出来ないほどの生気が、彼の横顔には満ち満ちていた。