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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-151

『こ、これ、大事なボールなんじゃないの?』
『そうだよ。だから、君にあげるんだ。もらってくれると、嬉しいな』
 穏やかな笑みを浮かべながら、吝嗇も見せずに彼はそう言ったのだ。大和の感激は、ここで書き表すことが出来ないほどだった。
『よ、よかったら、サ、サイン、サインをください!』
『ああ、喜んで』
『ありがとうございます!!』
 受け取ったボールをもう一度、震えながら香坂投手に渡し、丁寧なサインと記念の日付を書き添えられたボールを受け取ると、大和は大事そうに両手に抱えた。
『こ、これ、いちばんの宝物にします! “カホウ”にします!』
 何処で覚えたか、真面目な顔で“家宝”と言った大和の様子がおかしくて、香坂も大和の父親も、警備員も事務職員も、一斉に声をあげて笑っていた。
「その日から、僕は野球を始めました。本当にこのボールは、僕にとって特別なものなんです」
「そうか。それは、香坂さんも嬉しいだろうな」
 話としては十年ぐらい前のことだ。その時の出来事を鮮明に覚えており、もらったボールを今でも大事にしている大和に、幸次郎は並ならぬ好感を覚える。
「確か、双葉大学だったかな? 隼リーグの2部のチームで、桜子君と一緒に野球をしていることも訊いているよ」
「お、畏れ入ります」
 まさかそこまで自分のことが京子の口から語られているとは…。わずか1試合の縁だったというのに、京子には随分と見込まれたものである。
「隼リーグは、僕にたくさん光明を与えてくれたからね。思い入れもある」
 高校時代は無名だった幸次郎が、再び野球の世界で脚光を浴びた場所だ。軟式とはいえその卓抜した活躍がスカウトの目に止まり、彼はプロの選手になった。更に言えば、生涯の伴侶である京子と出会った場所でもある。
「野球というスポーツを、誰でも分け隔てなく、心から楽しむことのできる場所だ。きっと君も、そこから得られるものは大きいだろう」
 うむうむ、と、ひとり納得したように頷く幸次郎であった。
 それからも、野球の話題は絶えない。不意に、次の試合についてその話が及ぶと、俄かに大和の表情が陰ったので、それを見逃さずに幸次郎は大和に尋ねた。
「実は僕、前に肘を壊したんです」
 そう言って、傷跡を見せる。ということは、彼らに対しても大和が心を開いたということである。
「これは……かなり大きな手術をしたようだね」
 自身、同じような傷を膝に持つ幸次郎は、その苦しみを知っているだけに他人事には思えなかった。
「もう痛みも何もないんですけど、思い切り腕が振れないんです。次の試合で先発することになってるんですけど、正直、不安で……」
「そうだろうな。僕も、そうだった」
「管弦楽選手も?」
「ああ」
 言うなり彼は右足をテーブルの影から日の当るところに移動させる。
「ちょっと、失礼」
 そして、裾をするりと膝の上まであげて見せた。
「!?」
 大和と桜子が、ともに絶句した。
 膝の輪郭をかたどるように、大和の右肘に刻まれているものと同じ手術痕がある。それも、三つも。すなわち、すくなくとも三回はその部分にメスを入れ、外科手術に及んだということであろう。だとすれば、かなりの重傷だったはずである。
「ケガをした頃は歩くのも困難だったし、元通りに運動が出来るようになるか不安で仕方なかった。でも、“新陳代謝の盛んな時期のケガだから、きっと完治する”という先生の言葉を信じて、僕はリハビリに励んだ。……おかげでこうやって、今でも野球を続けていられる。それも、膝を壊す前よりも充実した環境で、野球をやらせてもらっている。ケガというのは必ずしも不幸ばかりではないと、僕は思っているよ」
 “京子にも出逢う事が出来たからな”と言って、彼女を喜ばせていた。ちなみに幸次郎は本気でそう思っているのであり、決してそれは、妻に対するご機嫌伺いのための言葉ではない。
「不遇があってもそれを乗り越えれば、その先にはかならず慶事があるものだ。膝のケガは、僕にそれを教えてくれた」
 だからプロの世界に身を投じてからも、軟式出身ということで冷遇されていた環境にも負けず腐らず、誰よりも練習に励み続けることができたのだ。地道に努力を続けていけば、膝の怪我が完治したときのように、必ず好い結果は巡ってくると信じて…。


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