『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-144
「あいつらに負けねえように、俺たちも頑張ろうぜ」
「そうだな。かなわねえなんて思っちゃ、先輩として情けない限りだもんよ」
「おお」
若狭と栄村もまた、昨年に比べると瞠目すべきほど成長を見せている。彼らの心境に変化があったことと、エレナのわかりやすい指導の効果が大きく出ているのだ。もともと野球をしていたから、それに必要な“勘”は既に備わっている。そこに充分な意欲と適切な指導が加わったとすれば、その成長も頷ける話であった。
(いい具合だぜ)
キャプテンとして、これほどの手応えを感じたことは、雄太にとっては初めてである。
隼リーグに初めて参加した1年目は部員が足らず、部に入っていない学生に頭を下げて頼むことで何とか試合にこぎつけたが、当然チームとしてのまとまりに欠け、予選で敗れ去った。2年目はようやく野球部だけで面子をそろえ、勢いを得たように快勝を繰り返して優勝した。それでも、入れ替え戦では大敗してしまった。
(今年こそは、絶対に……)
悲願である1部リーグへの進出。それを可能にするための戦力は、充分に備わっている。
「僕が、投げるんですか?」
興栄薬科大学との試合に快勝した翌日。週に一度行われるミーティングの席で、次の試合の先発を大和にさせてみたいと言い出したのは、雄太であった。
「肘の自信がないなら、考えるけどよ」
「………」
雄太の言葉を確認するように、大和は右肘を触ってみる。内野守備の時、送球をするぶんには全く問題がないほど肘は回復している。だが、送球と投球は全くの別物だ。それに、実戦で投げるとなると、二年以上のブランクがどう響いてくるか自分でも想像が出来ない。
「今のところは順調にきてるけどよ、こういう時だからやれることはしておきてぇ」
このチームには、控え投手がいない。やはり、長丁場の試合を戦うとなるとその存在はどうしても確保しておきたいところだ。今はその凄まじい打撃力ばかりが注目されている大和ではあるが、元々は投手をしていたという。肘の故障があったというから、その回復具合を確かめると言う意味でも、次の國文館大学との一戦では彼に先発をさせてみたいと言う雄太の考えであった。
その考えは、エレナの支持も受けている。
「どうだ?」
最後の確認を取るように、雄太が大和を窺う。
「わかりました。やります」
不安を感じるところはあったが、求められているものの合理性を理解している大和は、とりあえずその件を受けることにした。
「肘がおかしいと感じたら、初回でもかまわねえから言ってくれ。すぐに、代るからな」
「はい」
無理強いをさせて、彼の古傷を悪化させることは何よりも恐ろしい。大和の存在は、2試合を消化しただけとはいえ、既に双葉大の欠くべからざる“核”になっている。
「あと、次の試合のリードは全部、桜子がしてみるんだ」
「あ、あたしがですか?」
まさか自分にも話が振られるとは思わず、桜子がいささか驚きの色をこめた表情で自らを指差していた。
桜子はまだまだ捕手の実戦経験が浅い。したがって、配球の組み立ては全て投手の雄太が考えてきた。だが、それは本来なら捕手の仕事だ。その全てを桜子が担えるようになるには、一度、試合を完全にリードさせる機会を与えなければならないだろう。
勝敗の結果が影響を及ぼさない、いわば“消化試合”ともいえる次の試合は、いろいろなことを実戦の場で試せるまたとない機会でもあった。
試合の翌日ということもあり、この日はミーティングだけで終了した。それでも、しばらくは軽めの練習を行う面々もおり、その中には大和と桜子の姿もある。正式な練習日ではないのでジャージ姿の二人は、入念なストレッチで体をほぐしてから、バッテリーを組むことになった次の試合に向けて色々と確認をしあっていた。
「大和くんは、どんな球を投げるの?」
配球の組み立てを任されている桜子としては、まず何より彼の球種を把握しておきたい。
大和は少し、考え込む。肘を故障するまで、彼が実戦でも通用するほどに投げられたボールは、カーブとスライダー、そしてチェンジアップである。ちなみにスライダーは、真横にスライドする変化と、斜めに曲がり落ちる変化の二つのバージョンがあり、大和が最も得意としていた球種だ。