『STRIKE!!』(全9話)-1
第1話 「対 決!!」
「近藤晶(あきら)」
大学の名簿一覧を見ていた亮は、その名前を見つけたとき、強い夏の風を思い出した。
甲子園。全国の高校球児たちが憧れる聖地。
『一番・キャッチャー・木戸くん』
アナウンスと歓声を背に、亮はその打席に入る。夢にまで見た聖地の、四角いスペースに立ったことに、知らず身震いしてしまった。
なんとかその震えを抑えて、マウンドに立つ相手を見た。今大会、最も注目されている左腕投手の姿がそこにある。
(近藤晶……)
細身の体からは想像もつかないほどに、豪快なモーションから繰り出される速球。とてつもない伸びと唸りを挙げてキャッチャー・ミットの音を鳴らすボール。ビデオが擦り切れるほど、何度も目にしたその威力。
今、実際にその球と対決できる。構えたバットを握る手が、我知らず汗ばんでいた。
「!」
相手投手が大きく振りかぶり、脚をあげた。高く。
バットを握る手に、力を込める。亮は、球筋に関係なく初球を狙っている。
ウウゥゥゥゥ………
鳴り始めたサイレンの中、一陣の風が、甲子園に舞った。
マウンドにいた、投手の帽子を奪って。
「あっ!」
亮の目に見えたのは、流れるような黒。艶やかな長い髪。
(女のコ!?)
すぐに、それとわかった。
吹き飛ばされた帽子を取りに行こうともせずに、マウンドで呆然としているその投手。
相手の野手陣が、うろたえたようにマウンドに集まっていた。ベンチからもひとりの選手が飛び出してきたが、主審はその選手を呼びとめ何かを告げた。
全てが、亮の目の前でなされたことだというのに、まるで遠い場所からそれを見ている錯覚を覚えた。
そんな亮を置き去りに、ただならぬ空気を感じ取ったか、場内は騒然とし始めていた
以降の記憶は、曖昧でよく覚えていない。ただ、鮮烈なまでに記憶に残っているのは、マウンドでなびいた黒い髪。そして、場内アナウンスの声。
『………選手交代をお知らせします。環高校・ピッチャー・近藤く……失礼しました。近藤さんに代わりまして………』
「近藤晶、環高校」
もう一度、名前と出身校を確かめてみる。間違いない。あの、近藤晶だ。
ノーシードから予選大会を勝ちあがり、旋風を起こした環高校。そのエースピッチャーが、近藤晶。
当時、高校野球推進協議会(通称・高野協会)は、女子の硬式野球部への参加を認めていなかった。健康面での配慮というのがその理由だ。確かに、真夏の炎天下においては、体力のある男子ですら、脱水症状などで倒れてしまうことがある。
その条項は、環高校のエースにも当てはまった。しかも、性別を偽っての行動は、より厳格な処置を与えた。環高校野球部は、1年間の対外活動の停止。野球部長と監督は、謹慎処分。そして、近藤晶は退部…。
チームを甲子園に導きながら、一転、悲劇のヒロインとなった少女のことは、マスコミの格好の餌食となった。彼女のことを皮切りに、高野協会へのバッシング、果ては、甲子園大会の意義など、ありとあらゆる側面から話は盛り上がっていたものだ。
…もっとも、一年もすれば、泡のように消えてしまったが。
変わったとすれば、あまりの周囲の突き上げにウンザリしたのか、申請をすれば女子の硬式野球部への入部を許可する条項を、高野協会が認めたことぐらいだ。それにさえ、投げやりだ、と言う批判が飛ぶのだから、協会もいろいろと大変である。
そんな周囲の喧騒をよそに、当事者であったはずの環高校と近藤晶の名前は、それから二度と世間の口にのぼることはなかった。