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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-84

「……昌人」
「は、はい?」
 名前を呼ばれた男の笑顔がひきつった。もともと女性にしては低い声質の智子だが、それがさらに低音になったので、気分を害したのでは、と思ったからだ。
「いつになったら、“先生”をやめてくれるのかな?」
 アルコールのせいか、ほんのりと赤みのさす頬で、上目遣いに昌人を見る智子。
「いや、その、ですね……はは」
 しきりに照れて、漫画の描写なら周りに汗が飛んでいそうなほどに慌てる昌人。
「………」
 痺れを切らしたように、智子はすっくと立ち上がり、対面にいた昌人のそばに寄る。そのまま、彼の胸に身を預けるようにして腰をおろした。
「あ……」
 湯上りからもう大分たつであろうに、暖かで甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 昌人の喉が、ぐ、と鳴った。
「せ、先生……」
「まだ言うのか、この口は」
 上を向くと、智子はそのまま昌人の唇を塞いでしまった。
「………」
 中性的な物言いが紡ぎだされる、理知的な女性の艶めいた行為……。それだけで刺激的である。どくどくと血液が大量に身体を駆け巡り、それを送る筈の心臓が追いつかない。
 胸が、苦しかった。
「ん……昌人………ん……」
 智子の唇は、浅いところで接触を繰り返し、離れるたびに愛しいものの名を紡ぎ、そしてまた重なってくる。
「昌人……昌人……」
 何度も名を呼ばれる。熱く潤む智子の瞳。昌人は、初めての出会いからは想像もつかない今の状況に、酔いそうだった。
「昌人……」
 頬を、優しく撫でられ、そのまま再び唇が重なりあう。
 智子の情愛を感じながら、遥か昔の過去の記憶が、暖かく昌人の胸に宿ってきた。

 ……余談になるが、少し二人の関係について話そう。
 藤堂智子は、4年前に文壇にデビューして以来、着実に人気と実績を伸ばしている26歳の新鋭作家であり、川村昌人は高卒から出版社に勤めて今年で6年目になる24歳の編集者だ。作家と編集……よくある関係の図式であると、誰もが思うに違いない。
 だが実は、二人の出会いは14年も前に遡る。
 14年前、川村昌人の両親が飛行機事故で亡くなったとき、他に身寄りのなかった昌人を、両親の旧友であった智子の父が引き取った。智子は一人っ子だったので、そのとき弟が出来たようでとても嬉しかった。だから、昌人のことを可愛がった。そんな智子に、親を失ったばかりの昌人が愛情と信頼を寄せていったのは、自明のことである。
 しかし、ふたりの関係はすぐに別れの時を迎えてしまう。昌人が藤堂家にやってきて1年も経たないうちに、今度は智子の父が急死してしまったのだ。そのため、一家の大黒柱を失った藤堂家は経済的に苦しくなり、昌人のことは施設に預けざるを得なくなってしまったのである。それがやむを得ない事情であったとしても、智子は納得が出来なくて、昌人を連れて家出をしてしまったこともあった。幼いとはいえそれほどに、彼に対する愛情は深いものが芽生えていたのだ。
 離れ離れになった二人だったが、再び接点が出来たことがあった。それは智子が高校3年生になった夏の頃である。
 彼女がはじめて訪れたとある古本屋で、そこで働く昌人と再会したのだ。幼い頃より、かなり身長は伸びていたし、大人びていたが、智子はすぐに昌人だとわかった。
 そのまま再会を喜ぶ二人。そして、思春期の真っ只中にあった二人は、夏の雰囲気に押されるまま男女の仲になった。
 身体も、何度か重ねあった。しかし、そんな関係になっても、昌人は智子のことを“ねえさん”ないしは“先輩”と呼び続けていた。彼女が嫌がるにもかかわらず。
 昌人には遠慮があったのだ。なにしろ智子は進学校の私立城南学園でも常に成績トップを維持する才媛だ。それにくらべ自分は、施設の縁で雇ってもらった古本屋に通いながら、公立の高校にゆき、余裕のない生活を送っている。彼女のためにあまり時間も割けず、釣合うような学力もない。いつしか昌人は、自分から智子への距離をとり始めた。結局“先輩”と呼ぶことをついにやめなかったのも、それ以上彼女に踏み込まないための自己暗示だったのかもしれない。


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