『STRIKE!!』(全9話)-42
ぽこ…
鈍い音の後に舞い上がる、力の無い軟式ボール。それは、投手の映像を映し出す場所にさえ届かずに、ぼとりと落ちる。
「ちっ」
長見は手応えからして想像通りの打球に舌打ちをした。これでは、今日の練習試合の最終打席そのままではないか。
所定の25球という球数のうち、半数以上が先ほどのようなポップフライ。そして、空振り。背伸びして130キロのブースに入っているということもあろうが。
(それにしたってなあ……)
ひとつぐらいはいい当りがあってもいいだろうに。心底、面白くない。
びゅん!
と、空気を軽くなでる音がした。映像の中の投手が腕を振っている。その手元にある四角いスペースから、白球が飛び出していた。
「あ、やべ」
まだ投球数が残っていたらしい。慌てて長見は振る。しかし、集中力を欠いたそのスイングが球を捕らえることなどできるはずも無く、虚しく空気を切るだけだった。
映像の投手が消えた。これで、間違いなく終わりらしい。
「……こんなもんかよ」
バットを所定の場所に置き、長見はブースを出る。自販機でスポーツ飲料を買い、近場の椅子に腰掛けてそれを呷るように飲む。過分なまでに糖分が含まれているはずなのに、苦い。
「………」
浮かんでくるのは、マウンドで寄り合う晶と亮の姿。相手を三振に取るたびに、はじけるような笑顔で亮と視線を交わす晶。彼女の生き生きとした表情は、賭け野球の中では決して見られなかったものだ。
「……ま、俺は別に」
晶とは小学校からの腐れ縁だっただけ―――。そもそも、晶が自分のことを特別視しているはずもないから、そんな想いを抱くだけ虚しいことだと随分前からわかっている。
しかし、複雑な感情と言うものは、どうにも彼を楽にはしてくれない。
あの時…今は最後となった賭け野球のときも、晶の危機を救うことができなかった。相手の姦計に嵌り、ひとり河川敷のグラウンドを離れてしまったのも迂闊だったが、それと気づいて必死に探したその晶が、穏やかではない雰囲気で亮に抱えられ、公園を去っていくところを見つけたときは、さすがに自分の不甲斐なさを情けなく感じたものだ。
その想いがもう一度、真剣に野球をしてみようかというかすかな意欲につながり、晶を追うようにして軟式野球部に入部したのだ。が、やはり事はうまく運ばない。
「………」
亮の映像が、峻烈な輝きを帯びて脳裏をよぎる。
賭け野球のときの4打席連続本塁打。入れ替え戦のときの場外本塁打。そして、練習試合を重ねるにつれて見えてくるその堅守・強肩。晶が惹かれ、皆が頼るのも当然だと思う。
「あー、ちきしょうめ!」
長見は空になったカップを無造作にゴミ箱に投げ捨てると、再び130キロのブースへ向かった。
「ん?」
誰もいないだろうと思い込んでいたその場所に、先客がいた。ちょうど、ブースに入ったばかりだったから、長見はその後ろ姿を見ている。
「……女、か?」
キャップを被っているが、背中の半ばまで届く髪にそう思う。色を抜いているのか、金色に見えるそれは、ウェーブもかかっていた。