『STRIKE!!』(全9話)-256
―――――キィン!!
「………!」
思い悩む亮の胸に、振って沸いたような音が響いた。それは、現実の音ではない。亮の中に消えることなく刻み込まれている、甲子園の青空に響いた高らかな金属バットの音だ。
「はは……」
その瞬間、亮は頬が緩んだ。自分はあの時と同じ過ちを、繰り返そうとしている。
(信じればいいんだ)
考えればよかったのは、それだけだ。亮は迷いを払った。
「プレイ!」
審判の声に覚悟を促されたかのように、亮はミットを構えた。コースも要求しない。そして、彼が出した拳からは二本の指が差し出されている……。
(そうこなくっちゃ!)
どんなサインにも異を唱えないつもりでいた晶だが、望んでいたとおりの要求を受けた瞬間、彼女も覚悟を決めた。
ざ、とプレートを踏みしめる。
「?」
一塁ベース上の二ノ宮に視線を送ることもなく…
(晶……)
彼女は大きく振りかぶった。
「!?」
ランナーがいる状況で、それはタブーである。なぜなら、投球フォームが大きくなればそれだけ塁を盗まれる確率が高くなるからだ。ランナーが走ったからといってモーションを止めれば、違反投球(ボーク)となり塁を与えることになる。モーションを止めず打者に投げたとしても、そのまま痛打を浴びてしまえば、走塁を始めていたランナーが得点の場所となるホームに近づく距離は、普段のそれよりもはるかに短くなる。
「………」
しかし、晶はあえてその禁を侵した。彼女の意識は、振りかぶった瞬間にセオリー通りに走塁を始めた走者・二ノ宮にはない。
高くあがった足が、勢い良くマウンドの土を削る。その勢いが重く安定した下半身で瞬間的に留められ、すぐに体の回転に巻き込まれることでさらなる威力を増やし、増幅したパワーが引き絞られた左腕のしなりに収束して言った。
そうして振られた腕の先から、ぱっ、と閃光が迸った。
(光!?)
閃光に見えたのは、滑り止めとして塗されていたロージンバックの粉が弾けたものだ。晶の指先と手首が、凄まじい回転力をボールに与えた証である。
「うおぉぉ!!」
管弦楽のバットも、それに負けじと一閃する。
(来た―――)
もはや、彼がどんな球を狙っていたかなど、今の亮は頭にない。晶が投じた渾身の一球を、ミットで待ち構えるだけだ。自分たちのエースを信じて…。
「――――」
全ての音が、消え去った。全ての感覚が、真っ白になっていた。
亮の眼差しが映しているものは、なぜかゆっくりと自分のミットに迫ってくる、晶のストレートだけだった…。
「! ! !」
バシィィ!!!
「………」
しっかりと、掴まえた晶のストレート。ミットを通じて、手のひらから広がっていく、浮き上がるような充足感。
「ストライク!」
その声に導かれるように、
「バッターアウト!!」
固まっていた時間が動きだして…
「ゲームセット!!!」
歓声が、グラウンドを包み込んだ。
「!!!」
マウンド上の晶が、空に向かって両手を差し出して、大きく跳ねた。そして、城南第二大学の野手陣が興奮のあまり脚をもつれさせながら、マウンドに向かって駆け寄っていく。
「アキラ!」
真っ先に、晶の体を掻き抱いたのは、エレナであった。同じ女だからこそ、許されることではあるだろう。さすがに男連中は、露骨に抱きついたりはせず、しかし晶とエレナを囲むようにして共に喜びを分かち合った。
「………」
亮は、その輪を遠めに見ながら、立ち上がるとマスクを取った。スコアボードに目をやると、試合経過がはっきりと目に焼きついてくる。