『STRIKE!!』(全９話)-247
「？」
スッ転んで、顔を砂にまみれさせた赤木が状況を把握できないまま塁審の方を見る。塁審は一瞬、その頬を緩ませたように見せたが、すぐにいかめしい顔つきを取り戻すと、
「早く、ベースを一周しなさい」
と事務的に言った。
「え、一周……」
「ホームランだよ」
「！？」
赤木は、息を飲んだ。
（ワ、ワイがホームラン？）
亮やエレナならわかる。あの二人が、鮮やかなぐらいボールを高く打ち飛ばしてスタンドにアーチをかけるその様は、とても格好いい。
ボールに当たるだけでも珍しい自分には、ついぞ縁のないものと思っていた。
「………」
赤木はむくり、と立ち上がると、どすどすとベースを廻り始めた。頭の中は真っ白だ。打球のとんだ方向も、よくわかっていない。
しかし、ベースを踏んだ感触は間違いなく刺激の中に刻み込んだ。これを忘れてしまえば、この１点が白紙になる。そういう意味では、冷静ではあるのだろう。
三塁も間違いなく踏みしめて、赤木はホームに向かった。
「お、おわっ……」
途中で足がもつれて、またしても転んでしまった。客席から、少しだけ笑いが起こる。
「………」
赤木はホームランを打った選手とは思えないほど全身を砂まみれにして、ようやくホームベースに還ってきた。
「ホームイン」
審判の指が、ベースを指差す。その瞬間、バックスクリーンにある電光掲示板の８回表の欄に“１”の数字が加えられ、総得点を表す表示が“２”となった。
２−２……赤木の放った本塁打により、城南第二大学は櫻陽大学に追いついた。
「こらああああ！」
「このぉ、やろぉぉぉぉ！！」
「○▲×■◎！！」
「αθγνβ！！」
なぜか怒ったような同回生の四人衆。ベンチに戻ってきた彼を捕まえると、四人がかりとなってその体を押し倒し、手荒すぎるほどの祝福で赤木を讃えた。
「や、やめい！ やめぇってのに、やめんかい！！」
赤木の抗議も聞こえないのか、四人の祝福（？）はやまない。
ブスリッ…
「うぎょえ！」
尻に強烈な一撃が見舞われた瞬間、赤木はカエルが潰れたような悲鳴をあげた。誰かが放った“カンチョウ一撃”が、見事に赤木の後ろの急所を貫いたのだ。
それが、誰であったのか……賢明な読者諸君には、わかったことであろう。
「これが、野球というものだ」
「幸次郎……」
レフトスタンドに飛び込んだ打球を呆然と追いかけていた京子。管弦楽はその傍らに、悠然とした足取りながらも、すぐに足を運んでいた。
「あ、あたい……」
「油断をしたわけではないというのは、わかっているよ」
ここまで好投していたのだ。わずか一球の失投で、彼女を責めたりしない。それは捕手の津幡も、三塁手の林も、遊撃手の鈴木も、二塁手の風間も同様だ。
「まだ同点だ」
「スーさん……」
キャプテンの二ノ宮は外野だ。したがって、最上級生のひとりである鈴木が、内野手のなかにあっては纏め役となっている。本当に危機だというときは、二ノ宮も外野からわざわざ脚を運んでくるが、それはよほどのことであり、そういう意味ではこの鈴木は、二ノ宮ほどではないにせよ、ナインからの信頼は充分に厚いものがある。
「よっしゃ、気合入れていこうや」
ナインは、応、と口をそろえると、それぞれのポジションに散る。