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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-199

「ごめん……ごめんなさい……」
 病院のベッドの上。直樹の膝に取りすがって涙を零すのは玲子だ。
「大丈夫だよ。玲子さんこそ、無事でよかった」
 そんな彼女の髪をなでて、“本当によかった”と直樹は安堵している。身体は犯されなかったと、玲子から聞いたからだ。
「直樹君のおかげ……ごめんね……ありがとう……」
 さすがに彼女は、男に浣腸をされて惨めな姿を晒したことを伏せてはいた。生理現象を見られたことは確かにとてつもない屈辱だったが、愛しい人に捧げた身体を胎内から汚されることに比べれば、十分に耐えることができたからだ。後で直樹にも同じように見せてあげれば、きっとこの悔しさは晴れるだろう。
「脚……どう、なのかな……」
「こんなの、なんでもないよ」
 自分の傷のことなど、玲子の気持ちに比べれば瑣末時だ。それに、医者の話では表面をざっくりと切り裂かれ派手に出血はしていたが、鋭利なナイフだっただけに傷口が一直線で、縫合も事のほか上手くいったという。縫った傷口が塞がるまではできるだけ安静にするよう言い渡されているが、言うほど重傷ではないそうだ。
「でも……試合が……う、うう……」
 玲子は泣きやまない。
「私のせいで……直樹君が……また、私のせいで……」
“傷ついた”と玲子は涙声に乗せて呟く。
(松平……)
 1年前の記憶を掘り起こす直樹。やはり、似たようなことがあった。
 リーグ戦が最下位に終わった翌週の練習後、副主将でもあった彼は、チームの改善策を練り直すため彼女の研究室にある端末に収められた野球部のデータを落とそうと、たまたまそこを訪ねた。そこで、ただ事ならぬ物音を聞きつけ、鍵のかかっていたそのドアを蹴破ったのだ。火事場のなんとかというのはよく聞くが、それが発揮された瞬間であろうと今は回顧できる。
 中では松平に組み敷かれ、服を剥かれようとしている玲子の姿があった。その瞬間、脳内の血流が沸点に到達した直樹は、腕力では劣るはずなのに、その松平を簡単に引き剥がしてしまった。思いがけない直樹の乱入と、刺されそうなぐらいに鬼気迫る表情に臆したか、松平は部屋から逃げるように出て行き、残された直樹は蹲ったままの玲子を必死に介抱した。
 幸いにもその身体はいっさい汚されておらず、しかし、あまりの事態に動転したらしい彼女は、直樹の胸で泣き崩れた。なんとなく引き合いながら距離のあった二人の関係は、このときようやくひとつの線を超えたと言えるかも知れない。
 松平が玲子を慕っているらしいというのは、密かに同じ思いを抱く直樹も気づいていた。だが、まさか腕力にモノを言わせて彼女を奪おうとするとは思わなかった。それほどに、追い詰められていた何かがあったというのだろうが、その行為は絶対に許せないことだ。
 その後、松平は練習に来なくなり、いつのまにか大学からも消えた。それに対して直樹は“どうでもいい”と怒りが収まらないまま、彼らしくもないが、突き放した考え方をしていた。
 しかし、直樹と松平の間に、玲子を巡る何かがあったというのをレギュラーたちは感じたのだろう。チームが最下位で、しかも、痴話喧嘩でキャプテンを失う羽目になった事態に愛想を尽かし、レギュラーだった3年生の皆は、直樹を残してさっさと退部してしまった。残った直樹に、散々罵倒と嘲笑を浴びせて。
 今までチームメイトとしてそれなりに切磋琢磨していた相手からの激しい侮蔑には、さしもの直樹も堪えた。その中には、気のあう者もわずかに居たからなおさらである。
 1年前の寂しい記憶は、直樹に少なからず大きな傷跡を残していた。
「玲子さんが大丈夫なら、俺はそれで何も言うことはないよ」
 寂しさが染みてくる心の傷は、しかし、玲子がいてくれるなら暖かさにかわる。なぜなら、あの時もいまも、直樹は玲子を寸でのところで守ることができたし、また、あの時は一番傷ついていたはずの玲子によって心と体を暖めてもらったのだ。彼女に惹かれていた直樹はそれが本当に嬉しかった。
「でも……あ……」
 顔を上げた玲子を、そっと抱きしめる。
「泣かないでよ玲子さん。俺、玲子さんのそんな顔見たくない」
「直樹……」
 玲子が、その言葉に応えるように、愛しい人の体に強くしがみついた。
 しばらく重なりあい、互いの温もりで心を癒した二人は、そ、と身を離すと、軽く唇を触れあった後に、現実に戻った。
「医者の話だと、今度の試合は見るだけならいいといっていた」
「………」
「よかったよ。病院から出るなって言われたらどうしようもなかったもんな」
「直樹」
 寂しそうに俯きかけた玲子の肩に手をおいて、直樹はなにも言わないでいい、と首を振る。


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