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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-168

「!」
 管弦楽は、振る。それは落ちることなく、バットの軌跡にはまり込んで、金属製の音を響かせた。
「ぐっ」
 しかし当たりは鈍い。一塁のファウルゾーンにフライを上げてしまった。
 完全に球質に押されていた。初球のフォークを空振りしたことで、その残像を脳裏に刻み込まれ、ただの直球に対して本塁打を放ったときのように強いスイングが出来なかったのだ。
(こ、こいつはっ!)
 正直、まずい。どう考えても平凡な一邪飛である。
 ふわふわと上がった白球の下に一塁手が廻り込もうと駆ける。管弦楽は、飛んだあたりがファウルゾーンなだけに、走ることも出来ない。
「あっ」
 しかし何かにつまずいたものか、一塁手が体勢を崩した。それによってボールを追いきることが出来ず、白球は河川敷の固い土にバウンドして高く跳ねた。
 ファウルである。管弦楽は、胸をなでおろした。
「ふ、ふふふふふ!! 天佑、我にあり!!」
 強がりである。本気の話、管弦楽は一瞬“負けた!”と思ったのだから。
「タイムを」
 その証拠に、全身を冷や汗が走り、特に手のひらはじっとりと湿っていた。このままグリップを握っても滑ってしまう。
 滑り止めを丹念に塗りこめて、グリップの具合を何度も確かめる。それがちょうど良い按配になったところで、管弦楽は打席に戻った。
「ははははは! 待たせたな、醍醐京子!」
 のたまうことは忘れない。マウンドの京子は、やれやれと言った感じで肩をすくめている。
「プレイ!」
 審判の合図と共に、対峙する二人の間に、草野球とは思えない鋭気が走った。
 管弦楽は己の神経を極限まで研ぎ澄ませ、集中力を高めていく。京子の挙動を見逃すまいと、目を剥き出すようにその周辺の筋肉を引き絞って、次の球を待った。
 インコースに、直球が来た。管弦楽は、バットが出そうになったがそれを止めた。
 まるで図ったように、ボールは沈み込んで地面を抉る。
「ボール!!」
 落ち着いてよく見れば、それは明らかにワンバウンドのボール球だ。管弦楽はひとつ息を吐くと、勝負球になるであろう四球目に狙いを定めた。
 京子がその四球目を投じた。ボールはインコースの高いところに。見送れば、高低でボールになる球だ。それよりも、身体をひかないと当たる可能性もある。
「うぬっ!」
 向かってくるはずのボールが突然沈んだ。高目から一気に低めへと。胸元に迫ってきたボールが、膝元まで沈むのだから、その落差は予測の範疇を遥かに超えている。
 バスッ、とミットが鳴った。管弦楽は、手が出せなかった。
「ボール!!」
 しかし、僅かに左右のコースが外れていたらしい。
「………」
 管弦楽の言葉を借りれば、これもまた天佑であろうか。
(いや)
 ひょっとしたら京子はわざとストライクゾーンを外したのかもしれない。どんな強打者も、ボールゾーンにある球を痛打するのは難しいものだから。
(まさか……)
 あのフォークの高低を、自在にコントロールするとは。見送ればボールになるという認識は、攻略の手がかりにもならないということがこれでわかった。
 重い直球に、高低を使った絶妙の配球。これまで2安打し、本塁打を放っているとは思えないほど追い詰められたものを感じてしまう。
「……ふっ、ふふふふ」
 だが、そんな状況になればなるほど、彼の天賦の才能は顔を出すのだ。
「はははははは! さすがは醍醐京子!! 僕を追い詰めるとはたいしたものだ!!!」
 果てしなく能天気。危機を嬉々として受け入れ、何があっても揺るがないその自信。


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