『STRIKE!!』(全9話)-167
イニングは進む。4回まで両チームは無得点である。好機らしい好機もないまま、お互いに漫然と進行している、というのが試合の印象であろうか。
フラッペーズは、風祭の緩い球をそれでもなかなか攻略できずに凡打の山を築き、バッカスは、京子の重い直球と織り交ぜられるフォークの前に凡退を繰り返した。
試合が動いたのは、5回の表である。フラッペーズは先頭の6番打者が、野手の間に落ちるテキサスヒットで出塁した。その後、セットポジションをほとんど知らない風祭が制球を乱し、次の7番打者が四球を選んだ。塁を二つ埋めたところで、8番打者はそれを送りバントで進めようとしたのだが失敗し、一死1・2塁となったところで9番に入っている京子に打順が廻った。
あまりバッティングに興味のない京子は、前の打席では一球もスイングをせずに終わっていた。それを見て油断したものか、風祭は不用意にも真ん中に緩い球を放ってしまったのである。
打撃に関心がないということは、打力がないと言うことと同義ではない。その真ん中にきたボールは彼女の見事なスイングによって右中間に運ばれ、塁にいた二人のランナーをホームに返す二点適時二塁打を喫してしまったのである。
2点を先制され、ますます意気消沈するバッカスのメンバーたち。その中にあって、異様に元気な男・白球丸こと管弦楽が、5回裏の先頭打者であった。
この打席、なんと彼は初球を叩いてボールを川まで弾き飛ばした。二打席目で球質の重さに負けないスイングを、完璧に近い形で成した彼も相当の野球人である。
1点を返す鮮やかな助っ人のソロ本塁打でにわかに活気づいたバッカスのベンチであったが、7回の表に、またしても醍醐京子に2点適時打を浴びると、冷水を浴びたように静まり返ってしまった。
終盤に入っての3点差は、あまりにも重いからだ。
そんな雰囲気に呑まれたものか、7回の裏はクリーンアップの攻撃であったにも関わらず、3番の務はファーストゴロに、4番の風祭は決め球のフォークの前に空しく三振に終わって、あっさりと二死を奪われてしまった。
「ははーははははは!!」
そんな敗色濃厚な雰囲気に沈み込むバッカスの中にあって、それでも陽気な白球丸こと管弦楽が、高笑いを空に放ちながら打席に入っていった。
「ははははは!! 勝負は下駄を履くまでわからんものだよ!!」
今の状況を考えれば、管弦楽の高笑いは滑稽なものにしか映らない。いったい彼の自信を支えるものは何なのだろうか…。
もっとも、彼個人の今までの打席を見れば、その自信も根拠のないものではない。
2打数2安打1本塁打。試合に勝っていながら、醍醐京子を何となく心落ち着かない気持ちにさせる管弦楽の数字である。
『全打席安打を放ったら、協力してもらおう!』
大学での管弦楽の言葉が頭を巡る。おそらく、あと2回は彼に打席が廻るだろう。勝敗の結果はともかく、彼に負けてしまったら元も子もない。
(配球を考えよう)
京子はロージンバックを塗りこめた指先で、軟式ボールを深く挟み込んだ。
審判が試合再開を告げる。それを受けて京子はプレートを踏みしめると、ある種の覚悟を秘めた初球を管弦楽めがけて投げ込んだ。
「!」
ストレートが真ん中に。当然、管弦楽は振ってくる。しかし、そのバットの軌跡から、本塁打が生まれたときのような快音は響かず、変わりに空気を撫で斬りにする音が風となって京子の耳に届いた。
「ストライク!」
フォークボールが見事に決まり、まずは1ストライクを奪った。
(これか!)
空振りをした管弦楽は、なるほど“消えるような”錯覚を覚えた。ストレートと変わらない球筋から、激しく失速していくフォークボール。
見送ればボール球なのだろうが、甘いコースに投げ込まれたストレートに手が出ると言うのは、打者心理の弱いところだ。あれだけ急激な変化をするから、見極めも難しい。
星海大学のエースも似たような球を投げた。だが、その球よりも“落差”と言う意味においては、京子のフォークのほうが一枚も二枚も上である。
二球目を投げようと、京子が振りかぶる。そのしなるような右腕から放たれた白い弾道は、外角低めに襲いかかった。