『STRIKE!!』(全9話)-126
(あ……)
風を切り裂く鋭い音が、ここまで聞こえてきた。
(長見君、やったか)
あの振りは、エレナ本来のものだ。何度も何度も聞こえてくる鋭いスイングの音に、亮は、何かが背中を後押ししてくれるような、心強いものに包まれた。
それが、ぎりぎりの勝負をしている打席の中にかすかな余裕を生んでくれた。
渚が、大きく振りかぶり、舞うように上体を沈ませて腕を振ってくる。
アウトコースに、ボールが来た。亮は瞬間、球筋を読んだ。
「!」
予測どおりそれは、浮き上がってきた。今まで皆を打ち取ってきたウィニングショットは全てが“日没ボール”だったのだが、その、裏をかいて来たのだろう。
亮は、粘りの中であるひとつの可能性を見出していた。それは、“日没ボール”は、高い確立で甘いコースのストレートから変化するということ。
だから、外角の厳しいところをついてきた時点で、これは“日の出ボール”だと見切ったのである。ただのストレートという可能性は、毛頭考えていなかった。その辺りは、ほとんど勘である。
そして、亮は、その勝負に勝った。
キン!
逆らわず、流し打つ。打球は、緩やかな弧を描いて、ライト前に落ちた。
「おおぉぉぉぉ!!」
静まっていた城二大ベンチが、沸いた。
「よっしゃ! ナイス木戸!!」
「いけ! いけ! エレナいけぇ!!」
「まかした! もう、お前にまかしたかんな!!」
口々に喚く。今日、彼女が二つの併殺打を放っていることなど皆は忘れていた。
「………」
その声援を背に、エレナが打席に入る。寸前に、ベンチの方を向き、長見と玲子と直樹に頭を少しさげてから。
闘志と決意を静かに熱く内に秘めて、彼女は構えた。
渚がセットポジションから、一球目を投ずる。それは、アウトコースへのストレート。
初球打ちが多いエレナだが、もともと打つ気はなかったのか、簡単に見送った。
「ストライク!」
審判の声も聞こえないのか、構えを解かない。そのままじっと、相手を見つめている。
二球目、浮き上がってくる“日の出ボール”。これも、見送った。
「ボール!」
少し高かったからだ。
三球目、同じく“日の出ボール”。エレナは、全く打つ気なく、これさえも見送った。
「ストライク!!」
追い込まれた。しかし、微動だにしないエレナ。ベースに覆い被さるように、内側の白線ぎりぎりに立っている。
渚が、四球目を投じた。
「!」
インコースにそれは来た。瞬間、高く上げた左足を、まるで、投手と対面になるような形に開いて強く下ろす。その勢いを鋭い腰の回転で増幅させ、バネを弾くようにして腕に伝えていく。それら一連の動きがスムーズに展開されたことにより、バットには猛烈なスピードとパワーが生まれた。
ストレートが、失速し沈んでいく。“日没ボール”だ。
だが、エレナはそれを待っていた。そして、極端とも言えるほどのアッパースイングで対応したのだ。それこそ、バットのヘッドで地面をえぐるような。
急激に落ちてゆく“日没ボール”の球筋と、猛烈に浮き上がってゆくバットの軌跡。ふたつの、膨大なエネルギーを有したベクトルが、一点で激しく衝突した。