『STRIKE!!』(全9話)-108
渚が所属する海島高校は初戦を勝ちあがり、二回戦に進んだ。最初の試合では渚の登板はなかったが、話題の女投手みたさに集まった観衆は多く“渚コール”が起こる始末。
それに応えるためか、あまりの突き上げにウンザリしたのか……二戦目では先発にその渚が登板した。しかし、事件はそのときに起こった。
もともと海島高校は、部員が14名しかいないチームだった。だから、中途入部にも関わらず、渚も背番号をもらい、ベンチの中に入ることが出来たのだ。
その渚が甲子園のマウンドに立つと、観衆は大いにどよめいた。そして、渚も自信はあった。実際、地区予選で登板したときも、それなりの結果は残していたから。
だが、現実は甘くはなかった。投げるたびに沸き起こった声援は、いつしかため息にかわり、最後は嘲笑となって球場を包んだ。
ストライクが、入らなかったのだ。
最初の打者にデッドボールを与えたのがいけなかったのか、気合の入りすぎる彼女の性格が裏目に出たのか……当時オーバースローだった渚の投球フォームは、甲子園に棲むという魔物によってズタズタにされ、ついに審判の腕を一度も空に突き出させないまま、6者連続与四死球という不名誉な記録を残し、彼女はマウンドから去ってしまったのである。
「結局、あれだけ騒がれたのに、帆波渚はそれ以降、名前すら挙がらなかったよ」
「あたしと、似てるね……」
甲子園という夢の舞台に翻弄されたこと。晶は、マウンドに立つ少年のような少女をもう一度追ってみる。その姿には、活き活きとした生命力が溢れており、晒し者になってしまったという過去を微塵も感じさせない。
(………)
ふいに、試合前に手を差し出してきた爽快な笑顔が浮かんだ。それは、女の直感だ。
(だとしたら、本当にあたしと似てるけど……)
さすがに考えすぎか…と、晶は、都合のいい自分の想像が可笑しかった。
ぽこ…
「あ……」
長見が打ち上げた。力のないセカンドフライ。彼の悪癖ともいえる“力み”が、出てしまったらしい。
「ストライク! バッターアウト!」
続く斉木も、空振りの三振に倒れた。2ストライクに追い込まれてから、横から見れば明らかにボール球と分かるそれを振ってしまったのだ。慎重な斉木らしくないスイングではあった。
(なかなか老獪なバッテリーだな)
亮はウェイティングサークルに向かいながら思う。
アンダースローの特徴は、なんといっても浮き上がってくるような球筋のストレートだ。だから、最初は低い位置にあるように見えても、手元に来るときにはコースの高低が変わっている。
その残像を利用した配球に、斉木は嵌ったのだろう。
(慣れるのに、時間がかかりそうだ……)
相手のプレッシャーが、じりじりと目の前で高い壁を築いているような、そんな錯覚を起こしかけて亮は首を振った。
わずかなひるみでさえも、勝負の世界には致命的な隙となることを、思い出したから。
1回の表は、亮に打席が廻らなかった。3番の直樹は、追い込まれてからもファウルで粘り、フルカウントまで持ち込んだのだが、あの高めに浮き上がる速球に手を出してしまい、三振に倒れたのであった。
「よっしゃー! 今日も“日の出ボール”は快調、快調!」
マウンドで跳ねる渚。ちなみに“日の出ボール”というのが、その名前らしい。
「しかし、なんとかならんかね、そのネーミングは」
遊撃手でチームの主将を務める美作がぼやく。確かに、低い球筋から一気に浮上してくるその様は日の出を思わせるものだが、だとしたらあまりにも安直過ぎる。
「せめて横文字にして……“サンライズボール”とかさ……」
「主将、“サンライズボール”は某野球漫画でもうあります」
「………」
冷静に突っ込まないでくれ、レフトの山下君。
「いいじゃないですか、“日の出ボール”。日本男児を思わせる、いい名前! オレみたいでしょ!」
「お前は女だって……」
美作はいつものことながら、溢れんばかりの渚の快活さに呆れてしまう。