記憶のきみ0-1
「はぁ…はぁ…」
艶のある長い黒髪を振り回しながら、彼女は桜の舞散る坂を駆け抜けていた。
ドンッ……
「きゃ」
前方不注意でダッシュしていたため、彼女は男子生徒に激しく体当たりしてしまった。
ほら見ろ、こんなに全力疾走してるからぶつかるんだ。あたしのバカ。
「痛…」
『……大丈夫か』
あたしが尻餅をついているのを見て、彼は手を差し伸べてくれた。
「あ…ありが」
手を握る。その際に顔を見た。
「……」
整った顔立ちに印象的な瞳。見るからにクールな雰囲気。
真新しい制服の、胸にはリボン。どうやら同じ一年だろう。
あれ…なんで彼と手をつないでいるのだろう。
あたしたちはそういう関係だったのだろうか。いや、間違いなく今のが初対面だろう。
「………きゃ…きゃあぁー!!」
バキッ……
あたしは思わず彼の横っ面に右ストレートをかましてしまった。
そして、その場から逃げてしまった。
だっていきなり触ってくるんだもん。
しかし、走っていると段々と思考回路が冷静になってくる。
「あ……あたし…なんてこと…」
サーッと血の気がひく。振り返るが、いつの間にか校舎の裏まで走っていたようで、もちろん彼の姿はない。
そして、すぐに異変に気付く。
「ここ…どこ?」
初めて来た学校。辺りには人の気配どころか、見事に何もない。来た道さえもわからない。
「ど…どうしよ…」
ただでさえ寝坊して遅刻ギリギリに登校してきたのだ。このままでは入学式に遅刻という最悪な状況が待っている。
そのとき、後ろに人の気配を感じた。
『………こっち』
「あ…」
さっきの彼が手招きをしている。
「………」
あたしは恐る恐る近付いていく。
『……ちゃんとついて来いよ』
「……」
彼が歩き出したので、ゆっくり後ろをついて行く。
どうやら助かったらしい。
「………ありがとう」
あたしが言うと、彼は振り返った。表情はかなり重い。
『……礼なんかよりも他に言うことあるだろう』
「………え?」
なんのことかわからなかった。
『痛ぇよ』
彼はムスッとした顔で頬を指差している。
「あ…ごめんなさい」
『……』
あたしがそう言うと、彼は無言でまた向き直り、歩き出した。
なんでなにも言わないのよ。格好いいのに…暗いヤツ。
あたしは二度、助けてもらったことも忘れ、彼の背中を睨みながら歩いていた。
しばらく歩くと、入学式の会場である体育館が見えた。
どうやら時間はギリギリセーフってところだ。
『………じゃーな』
彼はあたしに一瞥もせず、先に体育館へと入っていった。
「なによ…」