ケイと圭介の事情(リレー完全編集版)-25
「藤崎美弥が照明だとか工面したらしいな。さっすが現役アイドル? やることがでかいっすなぁ」
幸司は大きく息をつくと教室内へ戻っていった。
「ぜぇ〜〜〜ったい負けないんだから! ほら! 相沢サボってないであんたも小道具も作る!」
教室に戻り神妙に作業をする圭介だったが、その心中は穏やかではなかった。
正直ここだけの話、できるなら今からでも学園祭を逃げたいという気持ちでいっぱいだったのだ。
でも、そんなことをしたら圭介の中では鬼よりも怖い存在である奈津子に何をされるかわかったもんじゃないのでこうして留まっていたりする。
実際問題、奈津子から「逃げ出したらすごいことするわよ」と釘を刺されているのである。
奈津子は『すごいこと』と言いながら内容を明言こそしていないが、今までの圭介に対する仕打ちを考えると背筋に嫌な汗を感じるのだった。
「なんか圭介のやつ様子おかしくないか?」
妙なオーラを出しながら黙々と作業をする圭介を見て幸司はヤバいものを見てしまったという目で圭介を見るとそばで作業をしている香織に話かけた。
「そうね、確かに学園祭前にしてはあるまじき雰囲気だけど今はそんなことに構ってられる程ヒマじゃないわよ。あんなんでも仕事はキチンとやってくれてるんだからほっときなさい」
なんとも無体な一言だった。
しかし、現状を考えてみれば香織の言うことは最もだった。
明日の準備の為に今は少しでも時間が欲しいと思うのはクラスの総意と言っても過言ではない。
そんな事情からクラスのみんなは鬱な圭介を気にもしないで慌ただしく準備に勤しむのだった。
そして圭介はライブのプレッシャーからか今までにないくらいの重いため息をついた。
そんな感じで一部の人を除いて学生、教師を問わず明日の学園祭を楽しみしているので今日の学園内は普段とはまた違う賑やかな雰囲気だった。
時は過ぎて昼休み。
学園の廊下の窓から困った顔で外を眺めながら圭介と同じ様なため息を何度となくついている少女の姿があった。
後ろ姿を見ただけでも憂鬱ですと物語る背中の主は千晶だった。
くせのある人間が多数在籍しているこの学園で千晶は普通の人の象徴である存在だったのだが、学園祭でのライブ対決が決まってから彼女の今までの穏やかな生活は出演を決心をする間もなく一変してしまい、流されるまま今日まできてしまったのだ。
どうしたものかと思い詰めている千晶に声をかけてきたのは予想外の人物だった。
それは香織の姉である香澄であった。
「こんなところでそんな思い詰めた顔をしてどうしたのかしら?」
急に声をかけられ慌てる千晶に対して香澄はとても穏やかな笑顔で「慌てなくてもいいですよ」と千晶に言い諭すと優しく頭を撫でたのだ。
千晶にとって朱鷺塚香澄という存在は彼女にとって理想の女性像なのである。
そんな香澄の思わぬ行動に千晶の顔はみるみるうちに朱くなり身体を強張らせた。
「それで貴女は何を悩んでいるのかしら。差し支えがなければ私に話してみませんか?」
香澄はこれ以上はないってくらいのお嬢様スマイルで微笑むと千晶は香澄の本物のお嬢様の雰囲気に飲まれてしまい、しどろもどろになりながらも明日の学園祭での自分の役割やそのことがプレッシャーになっていることを香澄に話したのだった。
「なるほど。千晶さんの悩みはわかりました…」
「やっぱり私には無理なんです。人前に立って話すのもすごく緊張するのにそれをたくさんの人達の前で歌うなんて…」
今にも泣きそうな顔で香澄に泣きつく千晶に香澄は笑顔で彼女を優しく抱きしめた。
「千晶さん、確かに人には向き不向きはありますけど物事を始める前から無理と決めつけてそのことから逃げてしまうのはもったいないと私は思いますわ」
「でも…」
「クラスのみんなは貴女のことを認めてメンバーに選んだのでしょう。千晶さん、もっと自分に自信をお持ちなさい」
香澄は千晶にそう言うと軽くウインクをしてみせた。
香澄のそんな自然で気取りのない行為に千晶は思わずドキッとしてしまった。
同性である彼女ですらそうなってしまうくらい香澄は魅力的だったのだ。
「千晶さん、今回の学園祭のライブに私の妹と友達が出演するけど、私は貴女のことも応援していますから頑張って下さいね。でも、こんなことを言ってしまっては千晶さんにプレッシャーをかけてしまうかしら」
香澄は楽しそうに笑いながらそう言うと笑顔で手を振り千晶の前から去っていった。