空の唄〜U、砂の町〜-1
ミルワート歴第二紀二百九十九年
乾いた風が唸り声をあげながら、黄色く染まる大地の表面を削っていく。また新たに出来た地上の波は、肌を焦がす金色の太陽によって陰りを帯びては厳しい旅路をひしひしと感じさせた。緑は一つも見受けられず、水っ気なんてもての外。生きるか死ぬかは行く者の体力次第だ。
そんな過酷すぎる環境の真ん中に陣取る町“ダン・サースト”。
こんな場所だから人の横行も少ないはずではあるが、今日も変わらず砂利を踏み締める音が絶え間なく聞こえる。岩石を加工しただけの白い家々に譲り受けられた町のメイン通りは町の商場ということだけあって、一層賑やかだ。
そのメイン通りのまさに端の端、小さな店舗の前に少年が一人佇んでいた。
少年は小さな店舗の年季の入った麻布屋根だけでは物足りないのか、マントを体に巻き付けて立っている。
というのも、今ミルワートはちょうど夏の盛りの頃で、その強すぎる陽光ゆえにマントないしは外套は地元民にとっても旅行者にとっても必需品である。もしなければ一瞬で肌がひどい火傷をおうだろう。
少年も十分にそのことを承知のうえの出で立ち――持ち合わせの淡灰色をしたマントのフードで顔まで覆っていた。
ちらりと覗く顔は16・7才といったところで、血色の良い肌はこの地方特有の褐色肌ではない。
まだ子供の影が見え隠れする、それなりに整った顔つきは今は訝しげに眉を顰めている。
「悪いね、兄ちゃん。わしには心当たりが滅法ないわ」
乾期にさらされて嗄れた声と共に、少年に極小さなメモ用紙が渡される。
再び舞い戻ってきたメモ用紙に少年は無念とは程遠い、納得の笑みを浮かべる。少し苦笑を交えながら、掌の上を見つめる。研ぎ澄まされた刃のように刺々しい光が紙を通り抜けて肌まで浮かび上がらせ、大ざっぱに書き綴られた文字群を読み取るのは難しい。
「…やっぱりそうですよね。すいませんでした。変な事聞いて」
「いや、かまわん。見ての通り、此所はこんな通りの端っこじゃ。誰も気にかけもしない年寄り婆さんを気にとめてくれて、むしろ嬉しいわ」
これも商人の性質なのか、店主である老婆は少しの嫌悪も感じさせぬ様子でローブを顔にかけ直す。
砂漠の夜のように重量のある深藍のローブに押し潰されそうな指先は生気を失う寸前の枝先のようだ。
紙をくしゃくしゃに丸めたような顔から言葉が紡ぎだされたのは、老年だからこその気質に少年が少し顔を綻ばせた時だった。
「――わしは、九十年生きてきた故知らないことはないはずじゃった。じゃが…その、なんだ。そこに書いてある『ろーしょん』やら『ふぁんでーしょん』とやらは…」
推定九十年のプライドが邪魔して老婆の口が封を閉じる。だがそれも無意味に等しく、目前の少年は驚愕を露にした。
それは決して老婆の知識の行き届かなさに示す感情ではなく、思っていた事が少しばかりずらされたようなもの。指先を唇にあてがって思案に暮れるポーズからもそれは明らかだ。
「――まあまあ兄ちゃん。ただの婆さんの物忘れじゃろうから、気にするな。
それより、せっかくわしの店に寄ったんじゃ。たーんと見てってくれよ。最近入荷した北東産のオパールだよ」
水を得た魚のように一気に老婆の顔が生気を取り戻す。先程まで質素な石造りの町並みに押し負けていたはずの宝石類が途端に輝き出した。
オパール、ダイアモンド、サファイアと色付く小さな店舗。誘うようにギラギラと。
商店特有の、一度はまったら抜け出し難い空気。まさにそれだった。