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『欠片(かけら)……』
【大人 恋愛小説】

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『欠片(かけら)……』-25

『まぁ……そういうコトだ。お前のいないところで話しを進めちまって悪かったな』
『寿也……』
『だから、名前で呼ぶなって』
『そんなの急に変えられないわよ!』

何をどう言っていいのかわからず、あたしは叫んでいた。そんなあたしを黙って寿也は見つめる。それは初めて見せる切なさが混じった優しい眼差しだった。

『もう、素直になれよ。悪ぶるのはお前には似合わないぜ?ガキだがアイツはいい奴だろ?』
『急にそんなコト言われたって……』
『急に?俺が気付いてないとでも思ってんのか?お前とは昨日や今日の付き合いじゃないだろ?』

そりゃ、あなたにはお見通しだってコトぐらいわかってるわよ。だけど……

『俺に気遣いは無用だぜ?抱え込み過ぎなんだよお前は……』

あたしの気持ちを見透かすように寿也はつぶやいた。

『これから時間をかけて由稀に惚れるさ。案外いい奴なんだぜ?アイツも……』

すでに火の消えた煙草を吸い殻入れに投げ込んで、寿也は軽く身体を震わせる。

『考え過ぎなお前と脳天気なアイツ。足して割ればちょうどいいんじゃねぇか?戻ろうぜ、ここは寒すぎる』
『あなたは……それでいいの?』

ゆっくりと出口へ歩き出した背中に言葉を投げると、寿也の歩みは止まる。

『そいつを聞くのはルール違反……だろ?って今更だけどな……』

そのまま片手を上げて、寿也は振り向きもせずに屋上から姿を消す。その手の指のリングが悲しげな光りを放っていた。



「なんにしても、お前が幸せそうでよかったよ」

備え付けのテーブルに寄り掛かりながら両手をポケットに入れたまま、うっすらと笑って寿也はそう言った。

「寿也……」
「まぁ、単純バカに振り回されて悩んでる暇なんてなかったってのが本音っぽいけどな」

あの頃となんにも変わらない口調で寿也はニヤリと嗤う。ホントに憎まれ口を言わせたらあなたの右に出る人はいないわね、きっと。

そんな普段と変わらないやり取りが嬉しい。あの日以来、ぎくしゃくするあたしや亘に寿也はいつも通りに接してくれた。それが彼なりの優しさなんだと今更ながらに気付く。

「もっと幸せになれよ澪。お前はいい女なんだから……」
「なんだか今日の主旨に反してない?それはあたしの台詞だと思うんだけど……」

あたしの言葉に寿也は前髪をクシャクシャと掻き回して唇の端を僅かに持ち上げて皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「寿也は幸せ?」
「おっと、そろそろ時間だ。澪、また後でな」
「寿也!」

少し大袈裟な仕草で時計を見ると、寿也はドアの方に歩き出す。

「アイツが痺れを切らす頃だろ?」

背を向けたままノブに手をかけてそうつぶやくと静かにドアを開けた。

「亘、話しは済んだぜ。待たして悪かったな」

部屋のすぐ外にいた亘に声をかけると軽く手を上げて、そのまま振り返ることなく寿也は廊下の向こうに姿を消す。

あたしの質問の答えを宙に浮かせたまま……


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