『欠片(かけら)……』-21
「亘……そろそろ起きないと遅刻するわ」
朝、身支度を整えてベッドに腰掛けながら耳元で囁くと、その声に反応して亘は少し眠たそうに目を開ける。
「澪さん……俺の傍にいてくれたんですね」
「帰ったと思った?あたしって信用ないのね」
「意地悪言わないで下さいよ」
困ったような笑顔を浮かべた後、身体を起こして亘はつかの間あたしを見つめる。
「な、何よ?」
「やっぱり澪さんは綺麗だ……」
ボンッ!!……まるでそんな音がしたみたいに一瞬で顔が熱くなる。
あんた、よくそんな台詞を真顔で言えるわね。
「バ、バカ言ってないで早く起きなさ……!」
腕を引かれて言葉が途切れ、そのまま亘は優しくあたしの口を塞ぐ。そしてゆっくりと顔を離して満足そうな笑顔を見せた。
「照れた顔、初めて見ました。可愛くって素敵ですよ……」
亘、あんたあたしを悶死させたいの?本当に勘弁してよ……
「いつまでもふざけてると本当に置いてくわよ?早く着替えなさい!」
小さく含み笑いをしながら亘は着替える。そんな様子を横目で見ながら、あたしは不思議なぐらいに心が軽いコトに驚いていた。昨日、あんなに自暴自棄になっていたのにたった一晩でこんなに気持ちが変わるなんて……
愛されている……
その実感がこんなにも安らぎを与えてくれるだなんて知らなかった。だけど、この安らぎがいつまで続くのかわからない。でも、今だけはこの繋いだ手から伝わる温もりを信じたい……
「今日は快晴ね……」
照れ隠しのように顔を背けて窓から空を見上げてあたしはつぶやいた。
澄み切った空から柔らかな光りが降り注ぐ……
まるで昨日と違う今日を祝福するように……
そしてエピローグ……
あの日から半年が過ぎて、あたしと亘……いいえ課内の大半が今日はこの場所に集まっていた。そして控室にはあたしと亘が寿也に呼ばれて三人だけでいた。
「おめでとう、上杉さん」
「いまさら照れ臭ぇけど、ありがとう宮原」
胸元に造花を飾った純白のスーツを着て、鼻の頭を掻きながら寿也は照れ笑いを浮かべている。
「おめでとうございます、上杉さん」
「ああ、お前も幸せそうだな韮崎」
「はい、幸せです」
即答する亘にあたしと寿也は顔を見合わせて吹き出した。
「ったく、お前にゃ敵わんよ。なぁ、韮崎……少しの間だけ宮原と二人で話させてくれないか?心配ならドアの外で待ってていいから」
亘はちらっとあたしを見て小さく頷くと部屋を出て行った。そしてドアが閉まり、室内にはあたしと寿也だけになる。