『欠片(かけら)……』-2
あたしの一日はPCとの睨めっこに始まって終わる。早い話が事務って訳なんだけど、これがまた目が疲れるし肩も凝る。画面を見ながら首を揉んでいると、課長の怒鳴り声が聞こえた。
「こらぁっ!!上杉!お前また遅刻かぁっ!!」
課内に響き渡る課長の声。だけど半ば日常化しているから特に誰も驚く様子はない。日常化……そう、この男は遅刻の常習犯なのだ。案の定、
『いやぁ、すみませんねぇ……』
とか言いながらヘラヘラと笑っている。
ホントに毎度毎度懲りない男だ。だけど不思議と憎めないんだから、まったく得な性格してるよ。そしてソイツ、上杉は自分の定位置であるあたしの隣りに座る。それを見て眉間に小さくシワを寄せるとあたしは小声でつぶやいた。
「だから、遅刻しないでって言ったのに……」
「いつのまにか二度寝しちまってさ……そんなに怒るなよ、澪」
表情を変えず画面を見つめたまま、ソイツ……上杉 寿也(うえすぎ としや)は小声で返事をする。
「ちょっと!職場では名前で呼ばないでって言ってるでしょ?聞こえちゃったらどうすんのよ!」
聞こえちゃったら……のくだりは後で説明するとして、あたしは会社の同僚と朝まで一緒だった。まぁ、そこまではよくある(?)光景でしょう?ウチの会社、社内恋愛にはおおらかだし。
恋愛なら……ね。
「わかったわかった。気をつけるよ。じゃあ、み!……や、原…さん、コーヒー入れてくんない?」
「はぁ?何の冗談かしら上杉さん。あたしはあなたのメイドじゃないわよ?そういう相手は他をあたるか、秋葉原にでも行って下さいな」
「んな、つれないコト言うなよ。昨日ちょっと頑張り過ぎちゃってさ、腰がね……」
そう言って寿也はあたしを見るとニヤリと笑う。ふーん、アンタそう来るワケね?負けないわよ。
「あら、大変!もうすぐ三十路ですものね。若くないんだから夜遊びもほどほどになさったら?」
「馬鹿言え!お前が、もっともっとってせがむからだろ?」
「何言ってんのよ!途中から疲れたってアンタが言うから後半はあたしがずっと上だったじゃない。五分五分よ!」
「それなら年上の俺の方がへばってるはずだろ?んじゃ、そーゆーコトでよろしく。み…や原さん」
「ぐっ!!」
一本取られた……何となく言い負かされたコトに不満を感じながらも仕方なしに給湯室へとあたしは歩いて行く。ついでに一服盛ってやろうかしら?
しかし、いくら聞こえてない(だろう)とは言え朝っぱらからどっちが上だの下だのと随分生々しい会話だこと。まったくウチの会社は平和だわ。
「あ、宮原さん。おはよ〜ございます」
「え?あ、ああ由稀(ゆき)ちゃん、おはよ」
寿也め……やっぱりアンタは疫病神だわよ。お陰で今、一番逢いたくない人に逢っちゃったじゃない。
「寝不足ですかぁ?目の下に隈が出来てますよ?」
「あ、あはは。大丈夫、大丈夫……ちょっと眠気醒ましのコーヒーでも飲もうかなってね。そっちは?ヒヒとハゲの何かなワケ?」
「ヒヒとハゲって……。そんなコト言っちゃダメですよぉ」
「そっかそっか、ジジィを付け忘れてたわね。ついでに雑巾の絞り汁でもブレンドしてあげなよ。あのセクハラジジィ達にさ」
「あはは、考えておきま〜す」
一見、親しげに見える会話。確かに彼女とは仲がいい……だけど、それは危うい綱渡りの上で会話されているようなモノ。