『欠片(かけら)……』-10
「そんなに露骨に避けなくてもいいじゃない」
思うよりも先に言葉が溢れる。
「や、別にそんなコトは……」
「いいのよ無理しなくて。淋しい気もするけどね」
「違いますよ!!」
あたしの言葉を遮るように亘は叫んだ。
「避けてる訳じゃないんです。ただ……」
「ただ…何?」
「俺、ガキっすから何もなかったような、いつも通りの顔って言われてもどうしていいかわかんないし、何だか余計にぎくしゃくしてしまいそうで……すいません、そんなつもりじゃなかったんです」
数秒、あたしは呆気に取られた顔をしていた。そして彼なりの精一杯で、あたしに気を使っていたコトを知って嬉しかった。だけど……
「あたしが気を使わせてたってコト?」
気持ちと裏腹に態度は硬化していく。
「そんなの有難迷惑だわ。残念ね、君はもっと大人だと思ってたのに」
亘の不器用な気遣いが嬉しけれど、今のあたしは亘の想いに応える術(すべ)を持たない。だからもう彼と関わるのはやめようと思った。重たい関係になることは避けたいし、それならいっそ嫌われてしまった方がいい、深入りしてしまう前に……
「大人って何なんすかね。無関係を装うのが大人っすか?……すんません、失礼します」
彼は姿勢をただし軽く頭を下げると振り向きもせず屋上から姿を消した。
決定的だ……これで亘があたしに近づくことも無くなるだろう。ベンチに座り曇り空を見上げて大きく溜息をつく。刹那、風が吹き抜けあたしは身体を震わせて両手で自分の身体を抱き締めた。
冷気は身体よりも心を冷やしていく。その寒さを埋める為にあたしは人肌を求めるのだろうか?
過去の柵(しがらみ)を振り切り、なりたいあたしになったはずなのに、今こんなにも息苦しく喘いでいる。
恋愛なんてゲームみたいなモノ。そう思うようにした。
結婚なんて打算と思い込みの産物だと決めつけていた。
だけど……
あれは昔に読んだ外国の絵本。丸い姿の主人公はある日、身体の一部を失う。欠けたままでは転がりにくくて、彼は失った欠片(かけら)を捜し始めた。
長い旅を続け、いろいろな欠片と彼は出会う。だけど、どれもこれも彼が捜しているモノではなかった。けれど彼は諦めずに今日も旅を続ける。いつか本当の自分に戻る希望を胸に抱(いだ)いて。
昔々のお話。彼は失った分身を見つけられたのだろうか?それとも、まだ諦めずに旅を続けているのだろうか?
きっとあたしの心も欠片を失ってしまったんだろう。それはとても大切なモノかもしれない。だけどあたしにはもう失った欠片を見つけられそうにない。だって、元の自分がわからなくなってしまったから……
ペットボトルのお茶を口に含み、何本かの煙草を吸い終えるとあたしはベンチから立ち上がった。気怠(けだる)い身体を引きずるように階段へ向かう。途中のごみ箱に買ったままのランチボックスを放り込むとあたしは静かに扉を閉めた。