お手紙A-3
『私は大丈夫です。松田君はその後予定ありますか?』
『何もないよ。じゃあ何時頃にどこで待ち合わせにする?』
『6時に駅前の喫茶店でどうですか?』
『いいよ〜』
『分かりました、じゃあその時に』
……
…ジーザス!!
「奈津実やったじゃん!やればできるんだよ!」
興奮気味に叫ぶ久美。
「うん…。」
なんとか頷くけど頭の中がまさに「薔薇色」の私に、久美の声は届かなかった。
甘酸っぱいときめきと期待と不安とで私の心は高鳴っていた。
…このくらいのことでこんなに喜ぶ私を馬鹿にする人もいるかもしれない。でも私はそれくらい嬉しかったんだ。だって男の子とこんな風に話をするなんて人生初だし、しかもその相手は私が自分の力で行動したから私の存在を知ってくれた人なんだもの。
学校が終わるまで私と久美は、「松田君対策」について授業中もメールを送りあって話し合った。制服で会うから、凝ったおしゃれはできないし、制服は地味なブレザーとアイロンがけを怠けてよれよれした無地のスカート…。松田君の、いつもの背筋がのびて凛とした姿を間近で見れるのは嬉しかったが、今は喜んでいる場合ではない。
「私はね、絶対礼儀正しくしなきゃいけないと思ってる。軽い女だとか思われなくないし…」
かなり不安げな顔して呟く私。授業は全て終わり、生徒がほとんどいなくなったがらんとした教室で、私と久美はひたすら『松田君対策』を論議していた。
「奈津実はどの角度から見ても軽く見えないょ、てか奈津実がそんなこと気にしたらクソ真面目でひくよ」 「うっ…ひ、ヒドイ…」
私って、そんなに真面目?正直、悲しい。
緊張のせいかますますマイナス思考になってしまう。時計を見ると、今は5時20分…
そろそろ、行かなきゃ…。やばい、緊張してきた! しかもたしかに興奮はしているけれど、気分を上げる高揚感じゃなくて吐き気が込み上げる嫌な高揚感が体を満たしている。
嫌だ、なんだか、会いたくない…
会って、何を話せばいいんだろう。
他人同士の私達が、何か話すことなんて、ある?
毎朝同じ電車の同じ車両に乗っていること以外、なんの共通性もない私達…。
…無理だよ…
やっぱり、怖いよ…
お互い黙り込んで向かい合う、私と松田君の姿が目に浮かぶ。発展しない会話、息詰まる沈黙…
「っていうかさ、」
はっと久美の声で我に返る。嫌だ私、またかなりマイナス思考…。
「奈津実の聞きたいことを聞いて、奈津実が話したいことを話せばいいと思うんだけど。」
「え?」
「松田君と奈津実は話したこともないんだから、まずお互いの自己紹介からだよ。もっと彼のことが知りたくて手紙渡したんでしょ?余計なこと考えなくていいよ。」
「松田君のことをもっと知りたい…」
…そうだったんだ…
好きっていう気持ちの前に、松田君を知りたいっていう強い気持ちがあったんだ。松田君について、もっとたくさんのことを知りたい、そして私のことも知ってほしい…。そんな強い気持ちが…。
「…私ね、いつも見てるだけだった。好きな人がいても何も出来ないで、ただ見てた。でも、今は違うと思う…」
松田君の後ろ姿。横顔。見てるだけじゃ嫌だった。だから私が初めて自分から行動を起こした。
松田君のことを、もっと知りたい。
そして、私のことももっと知ってほしい。