WAKALEー浩人ー-3
気づいたら、朝だった。どうやら、風呂にも入らずに寝てしまってたらしい。窓を開けた。冷たい風が入ってきて、頬を刺して痛かった。
『そろそろかな…。』
腕時計は11時55分を示していた。店内に入った。彼女はすぐに俺に気づいた。
『座って待ってて。』
小声で言った。目は思ったより腫れていなかったけど、顔色はいささか悪かった。
コーヒーを頼んで、20分ほど経って、今度は私服姿の彼女が現れた。隣に座った。
『バイトお疲れ様。』
なるべく明るくいようとした。
『で…、どうして翔をふったの？』
『え…、何でふったって…。』
『昨日の電話で分かったよ。』
『…そっか…。』
彼女は自嘲の笑いを浮かべた。
『記念日だったんだろ？翔とあんなに仲良かったのに何で…。』
『……笑わないでね…。バカだ、って思うかもしれないけど…。』
『しないよ。見くびるなよな。』
そう言って微笑んだ。彼女は気まずそうに話し出した。
『…美貴と、翔が、一緒にジュエリーショップにいた所を見ちゃったの。』
『え…、それはきっと美貴ちゃんも一緒に選んでくれてたって事じゃなくて？』
そうは言ったが、内心動揺していた。まさか、美貴ちゃんの名前が出てくるとは…。自分の中で最悪のパターンが浮かび上がっていた。
『うん。私も翔をふった後に、初めて気づいたの。あれ見た時はそれまでの色んな感情も混ざって…、冷静になれてなくて…。翔…、玄関に婚約指輪置いていったの。これ…。』
彼女は、スッと小さな箱を出した。
『これね、翔に返して欲しいの。』
『え…？』
『私…、今までどんなに喧嘩しても、翔に対してああいう事言った事なかった。だって…、好きだから。嫌われたくなくて…。でも、初めてあんな酷い事言って…、我慢してた自分の中の醜さを思い知って…。翔にも…、もうどんな顔して会っていいかわからない…！』
死んでしまいそうだ、と思った。思った以上に、彼女は自分のした事を悔やみ嘆き悲しんでいる。翔が空ちゃんがいないとダメなように、彼女も翔がいないとダメなんだ。
『…ダメだよ、空ちゃん。』
『え…？』
『自分で招いた事の後始末を、人に頼んだらダメだ。これを買うために、翔凄く頑張ったんだよ。毎日のようにバイトして、金貯めて、それでその金ほとんどはたいて買ったもんなんだ。』
彼女の目にどんどん涙が溢れていく。
『あいつ昨日言ってた。俺は空がいないとダメなんだって。空ちゃんも同じだろ？空ちゃんだって、翔じゃないとダメだろ？素直になりなよ。』
手を彼女の頭の上にポンと置いた。初めて、彼女に触れた瞬間だった。
『……私…、戻れるかな…。翔に……、会う勇気……持てるかな…。』
『……持てるよ。大丈夫だ。お互いの気持ちがある。』
心から、抱き締めたいと思った。ずっとずっとあの日から、恋い焦がれた彼女。もし、彼女の心の奥に入れたらどんなにいいか、と。だけど、やっぱりあいつは親友で、彼女はその親友を愛す人。どんなに想ったって、永遠に届かない。けど、それでいいんだ。彼女の幸せは、そこにしかないんだから。