T〜港町に咲くインカルビレア〜-4
『急募!住み込みで働いてくれる人募集中! 花屋店主クィレル』
「クィレルさん、このチラシって…?」
「ああ、これはね、私もだいぶ年になって独りでやっていくのは大変になってきたからバイトを雇おうと思って…」
「お願いしますっ!私を雇ってくださいっ!これまでバイトの面接に落ち続け、行く所も住む所もなくて、このままだと『コンタットの街角で少女の変死体発見!死因は餓死か!?』ってことになるかもしれないんです!掃除、洗濯からトイレ掃除までどんな雑用でもこなします!自分で言うのもアレなんですが、私みたいな器量良しはそうそういないと思うんですよね。だから今が買い時で、歳末大バーゲンセールで、出血大サービスですっ!だから、だから私をこの店で雇ってくださいっ!お願いしますっ!」
私は中国の清王朝で行われていた三跪九叩頭の礼みたいに頭を床にぶつけるくらいの勢いで頭を下げてお願いした。
「そうねぇ…まだ志願してきた人はいないし、ティアちゃんみたいに元気で明るくて優しい子なら私も大歓迎よ。改めてこれからよろしくね」
「はい!ありがとうございますっ!」
「それじゃあお茶にしましょうか、っとその前にティアちゃんはシャワーを浴びてきた方がいいわね」
言われて私は改めて自分の格好を見る。
あっ、忘れてた…
泥だらけのままだった…
「はい…そうですね…」
「こっちにいらっしゃい」
私はクィレルさんに付いて花屋兼住居の奥に進んで行く。
「ここがシャワールームよ。石鹸は中にあるからそれを使って。あと着替えは私が用意しておくから」
「すみません。何から何まで…」
「いいのよ、そんなこと。うちの看板娘がそんな汚い姿だったら格好がつかないでしょ?」
「そんな看板娘だなんて…」
「じゃあまた後でね」
「はい」
私がシャワーで一ヶ月分の垢(約一ヶ月前に旅の途中の湖で水浴びをした)と泥汚れを落としてシャワールームを出ると、クィレルさんが用意してくれた着替えが置いてあった。
私はそれを身につけてクィレルさんの所に向かった。
「どうでしょう…?」
私はクィレルさんの前でくるりと一回転する。
私が着ているのは襟元と裾に控え目なレースのフリルがあしらわれた淡いピンク色のワンピースだ。
身体のラインが綺麗に出るように作られたのか、出る所が控え目な私にはピッタリ合っている。
「よく似合っているわ、ティアちゃん。思った通りサイズもちょうどいいし」
「あの…これは?」
「そのワンピースは私の娘が昔着ていたものなんだけれど、あの子ももう着ないだろうからティアちゃんにあげるわ」
「そんなものを私なんかが貰っていいんですか?娘さんに了解を貰わないと…」
「いいのよ。あの子はもう10年近くもここには帰ってきてないんだから…」
そう言ったクィレルさんの表情は怒っているようにも寂しがっているようにも見えて、私はそれ以上何も聞くことはできなかった。
「さあ、そんなことよりお茶にしましょう」
「あ、はい。手伝います」
「たった一人でここまで旅してきたの!?よく無事でいられたわね、こんな物騒な世の中で。危ない目に逢わなかった?」
私達はリビングに移動して、クィレルさんが煎れてくれたオレンジペコとクィレルさん手作りのスコーンをいただきながら、私の旅の話に花を咲かせていた。