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今夜降る奇跡の下で
【純愛 恋愛小説】

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今夜降る奇跡の下で-4

この数日間、どうやって過ごしてきたのか全く思い出せない。ただ、時々嗚咽に背中を震わせて泣いた痛みは覚えている。こうして生きているということは、きっと食事もとって眠りもしたのだろう。あるいは僕はあのニュースを見てからすでに死んでいて、今、明かりの消えた部屋のすみっこでこうしてひざを抱えて座り込んでいるのが幽霊だったとしても、きっと疑いはしないだろう。それくらい、僕の意識は腐敗していた。もうなにもかもがどうでもよかった。あの惨劇の続報は見ていない。見てもしかたのないことだからだ。僕は愛する人を永遠に失った。どう転んでも、その事実は変わらない。

紅葉。

紅葉。

紅葉。

好きなら、会いに行けばよかったんだ。簡単なことだったのに。それなのに。床に爪を立てて泣き崩れようとした、その時だった。 トントン、と部屋のドアがノックされた。
「・・・」
「秋良」
おふくろだ。
「あんた、いつまで閉じこもっている気?何があったか知らないけど、そろそろ出てきたら?」
「・・・」
「・・・あんたに、手紙きてるわよ」
スッとドアの下から差し込まれる音がした。 「ここにおいて置くからね。明日は大学行きなさいよ」
それだけ言うと、おふくろは階段を下りて行ってしまった。僕はドアに差し込まれた手紙を、涙でぼやけた視界で凝視した。手紙。誰だろう。はなをすすりながら、はうようにして近づき、それを拾う。月明かりの差し込む窓際まで移動し、目を落とす。見たことのある模様。エアメールだ。差出人の名前がないかわりに、メリークリスマスと一行書いてあった。
はっとしてカレンダーへ目をやった。忘れていた。そういえば、今日はイヴだ。力の入らない指先で封を開けると、二通の手紙が入っていた。外の明かりで、ぎっしりと埋め尽くされた文面が浮き彫りにされる。思わず、弾かれるように僕は立ち上がった。窓の外は、この部屋よりいくらか明るく、ゆっくりと天使の羽根ような雪が降り始めている。ここから眺める世界は、しんとした静寂をたたえ、奇跡させ予感させるほど完璧な空気を持って広がっていた。



親愛なる秋良

この手紙で、あなたにどれだけのことを伝えられるか、私には分からない。だけど何度も書き直して、ようやく形に出来た手紙です。
お願いだから、最後まで読んでください。お願いします。
あなたがまさかあの人の弟だったなんて、私は知らなかった。
本当よ。馬鹿だね。名字を聞いて、すぐに気が付けばよかったのに。そうすれば秋良を深く傷つけなくてすんだのに。
聞きたくないかもしれないけれど、私はあなたのお兄さんと恋人の関係にあった。
お互い結婚さえ考えていたの。でも、そんな矢先にあの人は死んでしまった。私ね、すごく恨んだわ。あの人も、あの人を車で撥ねた人も。そして何よりも自分を。悲しいなんてものじゃなかった。体の一部を持って行かれたような激しい痛みだった。葬儀にも、お悔やみにも行けなかった。
どんな顔をして行っていいのか、全然分からなかった。情けないわよね。いい大人がさ。私が秋良の大学へ足をはこんだのは、あそこが彼の母校でもあったから。そうやってほんの少しでも、あの人とのつながりを作りたかったの。
だから、あなたが現れた時は本当に驚いたわ。正直言うとね、初めのうちは彼を忘れるために秋良と付き合っていたの。ごめんね。ごめんなさい。でも、これから書いてあることを信じてほしい。今の私は、秋良を愛してる。あの人とのつながりはいっさい関係ない。本当に本当。愛しています。私の傷を癒してくれたのは、他の誰でもなく、あなたです。でも、秋良への気持ちが大きくなればなるほど私はあなたに近づけなくなっていったのも事実。愛する人を二度も失うのが怖かった。
もしもこの先、あなたまで失ってしまったら・・・。考えただけでも目眩がした。だから後一歩、なかなか踏み込めないでいたの。でも駄目ね。
結局私はあなたを傷つけ、失った。この手紙はイタリアで書いています。今ね、ローマに住んでいる学生時代の友人のアパートにいるの。そうだ。こっちにきてから知ったんだけど、私が乗るはずだった飛行機が落ちたらしい。ニュースでもやっていたと思うから、きっとあなたも知っているわよね。私もその便でいく予定だったんだけど、こっちの友人が私を迎えにくる時間の関係でひとつ早く乗ることにしたの。その墜落事故を友人から聞かされた時、私は考えたわ。どうして自分が助かったのか。
何故、私はここでこうして呼吸をしているのか。
私なんて他人を傷つけるだけの生きていてもしょうがない人間なのに。どうして。


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