淫魔戦記 未緒&直人 3-8
「そんな……私だけだったら、何をどうすれば彼に会えるかすらも分からなかったのに……感謝してる。だから、そんな事を言わないで」
未緒の言葉に、直人は笑みをこぼした。
「ちょっとお二人さん。パーティーはとっくに始まってるのよ」
綾女の言葉に、二人は絡めていた視線を引き剥がした。
「そうだった。行こう」
直人が、腕を差し出してくる。
「?」
「パーティーで男性が女性をエスコートしないでどうするの?」
言われて未緒は目をぱちくりさせ……次いで、頬を赤く染めた。
「じ、じゃあ……」
おずおずと、未緒は腕を絡める。
会場に入るとスピーチなどは既に終了し、あちこちで軽食を楽しみながら歓談していた。
「こんな所で襲撃をかけてくる馬鹿がいるわけでなし、直人様が傍にいるから安全でしょ。私、少し歩いてくるわ……ほら、あんたもよ」
二人が口を開くより早く、綾女は人込みの中へ消えてしまった。
同時に未緒の背後から、つかず離れず近くにいた気配が消える。
「綾女……」
直人が頬を指でかく。
「あれで気を利かせたつもりか?」
「さあ……」
二人は顔を見合わせ、苦笑しあった。
その時である。
「直人」
脇からかけられた声に振り向くと、見覚えのある人物が近くにいた。
「……父上」
直人の声に、その人物は微笑んだ。
年齢は、三十代の半ばから四十代の始め頃だろうか。
顔はあまり似ていないが、身にまとう雰囲気は確かにどこか共通するものがあった。
「突然のわがままを聞き入れていただき、ありがとうございます」
直人が礼を述べて頭を下げると、父親は困ったように視線を逸らした。
「ああ、いや……ところで、そちらのお嬢さんは?てっきり、綾女さんと一緒じゃないかと思っていたんだが」
「こちらの女性は藤谷未緒。僕がごく親しくお付き合いしている人です」
声が、そっけない。
「ああ、そうか……年上の女性が趣味だったのか」
「……父上」
直人の声に父親はギクッと身を震わせ、そわそわと周囲を見回し始める。
「ああ、そうそう……私はこれから挨拶に回らねばならないんだ。せいぜい楽しんでいきなさい」
そそくさと父親が立ち去ると、直人がため息をついた。
「ごめん。びっくりしたろ?」
「それは、まあ……」
父親の味など知らない未緒だが、いくら何でも今の態度はそっけなさ過ぎるのではないだろうか。
その思いが、顔に出ていたらしい。
「僕がごく普通に生まれていたら、父もああいう態度をとる事はなかったんだろうけどね」
直人が、呟くようにそう言った。
「僕は息子でありながら、神保では父より上に位置する数少ない存在なんだ。言わば、父の生殺与奪権を握っている」
「……」
「父は表の一切を取り仕切っているけれど、ひとたび僕が父は役職にふさわしい力量を備えていないと断じれば、あっという間に役職から引きずり落とせるんだ。自分の息子を幼い頃から目上の者として扱い、敬い、いつどのような判断が下されるかとびくびくしながら生きる……よりによって息子が開祖の魂を受け継いでいるなんて……父は、ツイてなかったんだ」
「直人……」
未緒は絡めていた腕に、力を籠める。
「ごめん、湿っぽい話をしちゃったな。さ、気を取り直して伊織を探そう」
力を籠め返し、直人は微笑んだ。
「参加人数はそれほどでもなさそうだけど……人込みに紛れられたら見つけづらいしね」
安心したように微笑み、未緒はうなずく。
−二人はゆっくりと歩き、視線を巡らせて伊織を探し始めた。
パーティーという社交場の性格上途中で立ち止まって優雅に挨拶を交わしたりするが、すぐに離れて視線を巡らす。
そうやって歩き回っているうち、パーティーの主催者が二人に目を止めた。
「これは、神保のご当主。ご来場いただき、まことにありがとうございます」
パーティーの主催者−年齢不詳の美人がちょっと足を止めた二人の近くに進み出て、そう挨拶してくる。
直人は仕方なく、挨拶を返した。
「丁重な挨拶、痛み入ります」
美人がにこりと微笑む。
「ところで……こちらの可愛らしい方は、ご紹介していただけませんの?」
「あ、失礼」
直人は絡めていた腕を抜き、代わりに未緒の肩を引き寄せた。
「この人は藤谷未緒。僕が個人的なお付き合いを願っている女性です」
「まあ……」
美人は未緒の方を向き、優雅な一礼をする。
「初めまして。私、水無月哉子と申します。以後お見知り置きいただければ幸いです」
「あ……は、初めまして。藤谷未緒、です」
未緒は直人の手を離れ、ドレスの裾をつまんで礼を返した。