淫魔戦記 未緒&直人 2-6
同時刻。
繁華街の裏通りにあるヤバげな喫茶店に、神保綾女の姿があった。
そこをたまり場にしているのは規模ならこの街で一、二を争うグループである。
「私立外崎学園二年A組、藤谷未緒。狙って欲しいのはこの女よ」
グループの頭の前に、未緒の写真が何枚か散らばっている。
いずれも、明らかな隠し撮りと思われるアングルだ。
「どこかにさらってメンバー全員で穴という穴を犯してやれば、この女も少しはおとなしくなると思うの」
自分には劣るが、未緒もなかなかの美人だ。
人数も多いし、このグループなら引き受けてくれるだろうと綾女は思ったのだが……。
「……やめとく」
写真をまとめて突き返しながら、グループの頭はそう言った。
「あんた、この街に来て日が浅いだろ」
頭は、綾女にそう問う。
「え?ええ……」
ごまかす必要性も感じられないので、綾女は素直にうなずいた。
「やっぱりな。藤谷さんはなあ、俺達が手を出しちゃいけない女なんだよ」
「手を出しちゃ……いけない?」
「そう。半年くらい前、街で随一のグループが藤谷さん相手に壊滅したんだ」
とんでもない事を聞かされて、綾女は硬直した。
「それを知らなきゃいくらでも相手してみたいんだが……それを知ってる奴らばかりだから、どこに行ってもそんな頼みを聞いたりしないよ。何があったか知らないが、あきらめな」
「……そう」
綾女は低い声で答えた。
「それよりお姉ちゃん」
頭がニヤニヤと好色な笑いを浮かべる。
「女がたった一人でこんな所に来て、タダで済むたあ思ってないよなあ?」
綾女はいつの間にか、周囲を囲まれていた。
「藤谷さんを犯す相談する前に、自分のおま〇こに穴ぁ開けられる心配した方がよかったんじゃないかい?」
頭の視線が、綾女のすらりとした足を舐め回した。
「……クズが」
綾女は鼻で笑う。
「女とみればそんな事しか思い浮かばないのね」
周囲を囲まれているのに自信たっぷりな綾女の態度が、癪にさわったらしい。
「藤谷さんに対する注文通りに、穴という穴を犯してさしあげろ」
頭の言葉に、何人かが綾女の背後から襲いかかった!
「凪」
綾女が呟く。
次の瞬間起きた事は、綾女以外は把握していなかっただろう。
ただ言えるのは、襲いかかった男達が吹っ飛ばされていたという事だ。
壁に叩き付けられて呻く男達を一瞥すると、綾女は冷然とした笑みを浮かべた。
「残念ね。大丈夫だって自信があるからこんな所に一人で来たのよ」
喫茶店から出た綾女は憤慨し、道端のゴミ箱を蹴り飛ばした。
「っとに!意気地のないのばかり揃うてるっ!」
この街へ来る前、『早く直人から目をかけられるように』と教師までつけて矯正しておいた京訛りが、口をついて出ている。
未緒がごく普通の女でない事は、綾女も何となく感づいていた。
一般人とは、振り撒く気配が違うのだ。
「まあ、ええわ……生身の男がのってこないなら……うちが直々にあの女、いわしたるっ!」
月曜日。
何かあるかもしれないと思いながら登校した未緒は、人目につきにくい裏門から校舎に入った。
金曜日は何のフォローもせずに直人を追い掛けてしまったが、振り返ってみればひどい状況をほったらかしにしてしまっていたのだ。
下校時の衆人環視の中で綾女に喧嘩を吹っ掛けられたうえ、助っ人の直人ははっきり『僕の恋愛』と口に出していた。
その状況を見ていて噂の彼女が未緒でないと主張するなら、そいつは目と耳が腐っている。
−休みの二日間のうちに噂が学校中に広まったのか、教室へ行くまでの間に未緒は囁きと視線の洗礼を受けた。
「あれが神保直人の恋人だって!」
「けっこう可愛いじゃん」
「あんなのうちにいたっけ?」
「ほら、あの神保直人を色気でたぶらかした女って……」
などなど……。
教室に入ったら入ったで、知り合いはともかく普段はさして親しくもないクラスメイトから質問を浴びせられる。
うんざりして、未緒は自主休暇を取る事にした。
平たく言えば、サボりである。
担任には桂子を通して、『ほとぼりが冷めるまで二、三日学校を休みます』と連絡しておいた。
ところがいざ帰る段になると、正門も裏門もゴシップ好きの新聞部が固めてしまっている。
見つからずに帰るのは難しいので、未緒は屋上で時間を潰す事にした。