淫魔戦記 未緒&直人 外伝 〜胎動〜-2
「藤谷さん……君、自分の状態が分かってるかな?」
「状態?」
未緒が自虐的な笑みを浮かべた。
「私の体は、数ヶ月前からこうなっています。こうして手足も口も封じていなければ服を脱ぎ、誰彼構わず……」
きゅっと下唇を噛み、言葉を濁す。
「……今だって、神保さん。あなたの理性がどこまで保つか、楽しみにしている私もいるんですよ」
直人はため息をついた。
二つに引き裂かれた心と体。
人間としての未緒と、年頃になって生じたもう一つの何か。
手掛かりは未緒の母、藤谷由利子が握っている。
「僕はね」
直人は告げた。
「商売を抜きにして、君を助けたい」
その頃、神保家の応接室では。
未緒の母藤谷由利子が、直人の腹心である榊に問い詰められていた。
「ですから、教えていただきたい」
うんざりしているのを隠しながら、榊は質問した。
「父親は誰なのです?」
「……!」
榊の問いに由利子はただ、身をすくませる。
ずっとこの調子で、数時間経っても肝心な事など何一つとして聞き出せていなかった。
しばらく間を置いて、榊は口を開いた。
「……あなたの娘は」
ため息混じりの声で、榊は由利子の口を軽くしようと努める。
「今とても、苦しんでいる」
「……」
「娘を助けたいからこそ、あなたはツテをたどって神保家まで来たのでしょう」
「……」
榊は、できる事なら言いたくなかった一言を出した。
「……それとも、娘を助けたくないとでも?」
「違います!」
由利子が叫ぶ。
「ならば何故?」
畳み掛ける榊に、由利子は重すぎた口をようやく開いた。
「あの子は……未緒は、私が……」
囁くような力のない声。
「十六年以上前」
固めた拳が、ぶるぶると震える。
「暴漢に襲われてできた子です」
「やはり……か」
『すみません、手間取って……』
「いや、いい。原因が分かっただけでも収穫だ」
『私はこれから、藤谷由利子さんのケアを行います』
「頼む。僕はこれから治療を行うから、誰も近付けさせないように徹底してくれ」
『かしこまりました』
榊からの内線電話を切ると、直人は肩の力を抜いた。
「……厄介だな」
「神保さん?」
おとなしくロープで拘束されている未緒が、声をかける。
直人はロープを解こうとしたのだが、未緒が頑なに拒否した。
今の私ではなくあの私になったら、何をするか分からないからと。
「何か……?」
「あ、ああ……藤谷さん」
直人は空咳をし、未緒を見た。
「簡単に説明しよう。体の変調の原因は、君が成人しかけている事に由来する」
「成……人!?」
あまりにも意外なセリフに、未緒が硬直した。
「ただし、人間としてではなく……魔物として」
「へっ!?」
「……父親の事、何か聞いてる?」
未緒の表情が変わった。
驚愕から、諦念へと。
「……母からは何も。けど、親戚の陰口を聞いていますから」
直人はため息をついた。
未緒の心情をおもんばかって優しい言葉をかけてやりたいが、そんな余裕は今はない。
「十中八九、君の父親は魔物そのものか、何やらの縁がある人物だったんだろう」
苦い口調で、直人は告げた。
「選択肢は、二つある」
「……選択、できるんですか?」
「できる。ただし、気に食わない選択肢だと思うけど」
直人は少し眉をしかめた。
「一つ。このまま魔物として成人し、人間の事を忘れて暮らす」
「!」
「もう一つ。人間として生きる代償に……」
不自然な間に、未緒が喉を鳴らした。
「……僕とセックスする」