戸惑い、そして想う-3
病院に着くと、駐車場は込みあい、車を止めるだけで20分も掛かった。気持ちだけが焦り、手が震える。病院の受け付けで名前を告げると、病室を教えられた。見慣れない病院の中は無機質で、すれ違う患者は皆、薄暗い空気を纏っているように思えた。
―この個室だ…。
ドアの把手に手を掛け、ゆっくりと引いた。部屋の中は目が痛くなる程何もかも真っ白で、消毒薬の匂いが鼻腔を刺す。そしてその中心に据えられたベッドには、部屋よりも白い顔のテツヤさんがいた。
テツヤさんは目を閉じ、私が入ってきたことにも気付いていない。掛け布団から突き出た腕からは、一本の細いチューブが伸び、その先では透明な液体が入ったパックが釣り下げられていた。私はベッドの傍にある丸椅子に音を立てないようにそっと座った。
―寝てるだけなんだよね…?…ああ、でもどうしてこんなひどい顔色に…。腕もこんなに細かったかな…。
わかっていた。本当はわかってた。テツヤさんが無理をし過ぎているってわかっていた。そんなの誰よりも知ってた。
…でもテツヤさんに言えなかった。10歳年上の夫に、仕事の事など全く知らない私から、何か言えるはずがなかった。そして自分の気持ちも、本当はよく…嫌になる程よくわかっていた。
寂しい。
寂しい。
…寂しいよ。
寂しい、満たされない。
テツヤさんがいない日々は、私に何も与えてはくれない。掃除も、買い物も、クレジットカードも。何の価値も無い。
あるのは、体中を包むあのちくちくした感じ。そう、この不安だけ。
どうしたら良かったの?テツヤさんが少しでも居心地の良い家を作ることしか思い付かなかった。だって、ほとんど家でゆっくり食事しないテツヤさんの食生活の管理なんて出来なかったし、話をする時間も無かった。
寂しくて寂しくて。辛くて辛くて。
テツヤさんの妻は私なんだって笑うためには、ただ家中を掃除することしか方法がわからなかった。あのお見合いをした時、テツヤさんがマシュマロのように笑ったあの笑顔が、日を重ねる毎に見れなくなっていくのも知ってた。
…でもどうしたら良いかわからない。全然わかんないよ…。