「ごみすて」-3
「糊でも使ってるの? 糊だったらしゃぶって湿らせれば取れるかもね」
コンドームが揺れ、千佳のわななく唇に当たった。
「ほら、舐めなさい。舌でべろんって」
「んんっ…」
千佳が顔をそむける。どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだろう。あたしがいけないの? 頭の中が真っ白になった。
その頬を、女が平手で打った。
「あうっ!」
乾いた音が千佳を凍えさせた。力を加減しないぶち方だった。
涙がこぼれる。うっ、と嗚咽が漏れる。
「都の条例でゴミの分別の仕方は決まってるのよ。島田さん、あなたはそれを破り、しかも注意した委員に反抗してるのよ。いいわ、あなたの会社にも報告する。都の広報誌にも載せてやるわ。『多数の使用済み避妊具を、都条例を無視して捨てた淫乱女、島田千佳』ってね。顔写真も入れて欲しい?」
ヒステリックにまくし立てると、もう一度手を振り上げる。
「本当にごめんなさい…。だからぶたないで」
頬を押さえてうつむき、膝を着いたまま逃げようとする。
涙が指の間から溢れた。
にやにや笑いながらやりとりを見守っていた男を振りかえって、女が言う。
「押さえて下さいな」
男は無言で千佳の両手を顔から剥がすと、背中に回させた。力が入らない。逆らえなかった。
「ひっ、何するんですかっ」
ポケットから取り出した細い紐で、両手の親指を重ねて縛る。慣れた手つきだった。動かせなくなった両腕が背中できしむ。
男は千佳のあごを掴み、ぐっと上に向けさせた。汗ばんだ手からゴミの腐臭がした。千佳の唇が震える。
「ほら、口を開いて」
打たれた頬に涙が伝い、熱く染みた。
逆らえない、と千佳は思った。この女は何をするか分からない。言う通りにしていれば、きっと許してくれるはず。仕事なんだ、この人だって。そう思うことで、恥ずかしさと哀しさを薄めようとする。
震える唇が、ゆっくりと開く。白く整った歯がのぞく。
「舌を出しなさいよ。色んな男にやってあげてるみたいに」
歯を割って、濡れた桃色の舌がためらいがちに現れた。唇は、涙で塩辛かった。
「もっと伸ばしなさいよ。できるんでしょ? よだれ垂らしながらキスしたり、男のアレをしゃぶったり、一人でする時に、自分の指をべとべとに舐めてるみたいに」
声が上ずっていた。
伸ばした舌の上に、女がコンドームを載せる。腐臭とゴムの臭い、そして千佳自身の乾いた体液の臭いが混じって鼻に抜ける。吐きそうになる。
震える舌と前歯で、ゴムに貼りついた毛を噛み、引っ張ろうとした。
女が、指でつまんだ根元をつい、と引いた。
たっぷりと精液の詰まったコンドームが、その瞬間に破れた。
どろりとした白いゼリーが、伸ばした舌の上に流れ出す。
「うぇぇっ」
吐き出そうとうつむくと、女が手で挟み、口を閉じさせた。
「道路を汚す気? 全部飲みなさいっ」
ヒステリックな命令が朝の住宅街に響く。
遠くでカラスが鳴いた。
ゴムの中から滲む固まった精液の、腐りかけた魚の内臓のような臭いが口の中に広がる。
「むぅあ…」
必死でかぶりを振る。けれど女は千佳の唇を握り、開かせない。
胃液が上がってくる。涙が流れる。
「道路に吐いたりしたら、全部舐めさせるからね」
その言葉に、千佳は震える。目を閉じ、必死で飲みこんだ。上を向かされた細い首が、何度も痙攣しながら白い固まりを飲みこんだ。
「全部吸い出すのよ。一滴でも残したら、残り二つのも飲ませるわよ」
唇でコンドームを挟む。
頬を凹ませて吸いこむ。固まりかけて、ぶよぶよしていた。
女はそんな千佳の様子を満足げに眺める。
破れて中身のなくなったコンドームが、唇からずるりと引きずり出された。
残った液体を唇で絞り出した。
咳きこんだ唇から、白く濁った液体があふれた。
「垂らす気? いいの?」
「う…あ」
汚れた唇を、千佳は舌を出して舐める。唇の端に、先ほどの毛が貼りついていた。
女が、ゴム手袋をした指で毛をつまむ。
「これは誰の毛なの?」
恐怖と恥ずかしさ、そしてきゅっと締まる胃。歯が鳴った。
「彼氏の…です」
「どうして分かるの? 味で?」
千佳の反応が、面白くて仕方がないという様子だった。
「長いから…」
「そう。島田さんの毛は、これより短いのね」
よつんばいになった千佳の後ろに立っていた男に、女が顔を向ける。
「確認して下さいな」
それを待っていたのだろう。男が手を回し、千佳のパンツのファスナーを下ろす。背中にできた隙間から手を入れた。
「ひっ!」
もがいても、両手は背中で固定されている。脚を閉じても、腰が浮いた姿勢だから、なんの抵抗もできない。