「人魚」(後編)-2
「臆病者がっ。・・・人は魚を狩るものじゃ。人は獣を狩るものじゃ」
さっきから怒鳴っている所為か上気して、頬に血の気が刺している。臆病者。そう、俺は臆病者なのだ。そんなことはもう随分前から解っていたことだ。そいつは変わらず俺を、というより、俺を含む背景全てを睨めつけている。何だか俺は妙な気持ちになった。
「そして男は女を狩るものじゃ」
一瞬
どくんと心臓が波打つのがわかった。
男は女を・・・。
「あぁ若人よ…そなたの目は枯れておろう。そなたの身体は枯れておろう。何ゆえじゃ? 何ゆえじゃ? わらわには解せぬのう!」
そいつは両手を激しく砂地に打ちつけながら、髪を振り乱し、半狂乱のような状態で、そう繰り返した。笑っている。なにゆえ・・・何ゆえ・・? 髪で隠れていた白い乳房が露わになった。
とたん、そいつの顔がぐにゃりと歪んだ気がした。
基子・・・やはりお前は俺を許さないのか・・・。
「嫌っ。やめてよっ。話があるって言うから来たんじゃない。嫌だってば。帰るっ」
尖った声が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。蒸し暑さもいくらか和らいだ夏の終わり。
「おい、待てよ」
俺の足が基子の華奢な白い足に引っ掛かった。記憶に鮮明に残っているのはごく断片的なことばかりだ。
白く闇に浮かぶミュール
泥にまみれた膝
最後の言葉は・・・。
小さく叫んで基子は地面に倒れこんだ。
それから、振り返って俺を見上げた基子の、潤んだ瞳を見たとき、俺は理性を失った。その場に俺を止めてくれる者など誰もいなかった。