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「人魚」
【ホラー その他小説】

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「人魚」(後編)-1

 俺はとりあえずそいつを潮溜まりにでも降ろすことにした。人気のない浜を探し、岩影に隠れるようにして移動する。人目にさえつかなければどうにでもできると思ったのだ。

 船着場から少し離れた岩場の潮溜まりに着いた時、肩から降ろし、首と尾ひれを支えた。そいつに触れるとき、魚のようにひやりとした感触がするのかと思い、俺は一瞬身を強張らせた。が、以外にそいつの肌はぬるりとして人間のように生暖かく、俺は妙な気持ちに襲われた。

 幼子を抱くような格好で浜を一歩一歩進んでいく。俺は自身の滑稽な姿に苦笑しつつも、その重さに驚いていた。普通の女の二倍、いや三倍は重い。じわじわと滲んだ汗が頬をつたった。水辺まであと少し、と言う時になって突然、死んだようになっていたそいつは両目をかっと見開き、上体を起こした。



「うわああっ」



 思わず俺はそいつを砂の上に放った。驚いたからじゃない。ただ、ただ、まるで泣き腫らしたように白目が赤く充血していただけだ。砂上にうつむく格好になっていたそいつは、初めて言葉を発した。瑞瑞しさをすっかり失った怒声で、



 「熱うてかなわんっ」



 と叫んだ。髪を振り乱し、蒼白く骨ばった手で砂をかき集め、首の後ろや腹、尾ヒレに夢中で擦り付けている。打ち上げられた海藻にたかっていた、小さな羽虫がわらわらと飛び散った。

 昔聞いたことがある。魚にとって人間の体温は大変な高熱であり、触れただけで弱ってしまうこともあると。火傷をしたのかもしれなかった。願わくはこの場所から逃げたかった。こんな化け物は置いて、店に帰ろうかとも思った。しかし、あの狒狒の爺の言葉と、脳裏をよぎる記憶の断片がそれを許さなかった。俺は思い切って声をかけた。



 「やけど・・・したのか?」



 長く伸びた爪はひび割れて、砂が詰まっている。その血管の浮き出た細い手を、そいつはぴたりと止めた。うつむいているのでよくわかるが、やはり首の後ろが赤くただれている。海藻のように黒く、べっとりとした髪が、小刻みに揺れている。震えている・・・そう思った。しかしそいつは震えているのではなかった。 



 笑っていたのだ。

 くつくつと笑いながら顔を上げ、それから急に真顔になり



「殺さば殺せ」



 と吐き捨てるように言った。恐ろしい目だ。あの時の基子のように。 殺さば殺せ・・・。

 俺は立ち竦んだまま動けなかった。どうしたらいいか見当もつかなかった、といった方が正しいかもしれなかった。しかし、そんな思いは、さらに続くそいつの怒声によってさえぎられた。


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