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エス
【純愛 恋愛小説】

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エム-1

どんなに思い出そうとしたって思い出せない。
そんな風に、遠い記憶の中に、君を、見た気がする。


エム


「真、まーこーと!」

母親のうるさい声が遠くでし、俺は目を覚ます。時計は6時半を指している。

「おーきーたー。今行くー」

まだ開ききらない目を薄く開きながらそう返事を返す。もちろん母親に、負けない大声で。
ベッドサイドに置かれた棚の手の届く段に手を伸ばし、愛用のコンタクトケースを取った。薄いレンズを指先に乗せて右目に入れようとするとまた母親の声。

「レンズ、忘れちゃだめよっ」

ゆっくりと右目に装着をしてから瞬きを繰り返す。

「あいあーい」

少し遅れて返事をし、もう片方もすぐに装着した。

少し変だと思うだろう。
でもこれが俺の日常。物心ついてからずっと。

制服に着替えてから鞄を手に階段を下りる。鼻腔に美味しそうな朝食の匂いがして、俺の腹が急かす音を鳴らした。
それを宥めるように手でさすりながらトイレに入る。そのまま隣接する洗面台で歯を磨き、ついでに先ほど入れたレンズがずれていないかを確かめた。
古い家のため、まだ手で回して出すタイプの蛇口をひねると透明の水が流れ出て、それで歯ブラシを洗ってから口をゆすぐ。
その後軽く顔を洗い、手で髪を簡単にセットする。
鏡に映った姿を見ながら首からかけているゴールドのネックレスの位置を直した。
小さい頃からお守り代わりにかけているそれは、シンプルなクロスの形の物だ。


食卓があるリビングへ向かう。ここは何年か前にフローリングに無理矢理変えた。スリッパを履いてない足にすこし冷たい。

「おはよー」

先に朝食を食べている妹の美紗が声を掛けてくる。
いったいこの朝の忙しい時間にどうやったらそう出来るのか化粧が完璧だ。

「はよ」

短くそれに返し隣に座る。鞄は椅子に寄りかからせた。
母親がすぐにトレーに乗せたオムレツと温野菜とオレンジジュースとトーストを持ってきて目の前に一定のリズムで乗せた。
これも定番。日常の一つ。
我が家の朝食はオムレツとハムエッグが交互になる他は変わることがない。

「真、今日は眼科の日よ。はい」

トレーの上から朝食と一緒に厚紙に印刷されただけの個人医院特有の診察券と樋口一葉を一枚テーブルに置いた。

「あー、そっか」

それを受け取り鞄に入れてから朝食に手をつける。テレビのワイドショーでは今流行りのグループが突然の休止宣言をしたとのニュースを大きく報道していた。


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