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微笑みは月達を蝕みながら
【ファンタジー 官能小説】

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微笑みは月達を蝕みながら―第壱章―-6

 シンを『使い魔』にした当時はまだ生き血を啜っていた。気紛れに人間を虐殺し『眷属』を蹂躙する、そしてそれを許されるほどの圧倒的な力と怜悧さと冷酷さを持っていたレンに、シンは絶対の忠誠を誓っていた。レンが「死ね」と『命令』すれば喜んで実行するだろう、それほどまでに。
そんなシンだから、人間と混じって生活を送る今のレンを見て、情けなく思うのは無理ないことなのかもしれない。
だがレン自身が今の生活を気に入っている。他人の生活スタイルをとやかく言われる筋合いはレンにはない、はずだ。多分。いやきっと。
「と言っても……何をすればいいのかしら?」
「遊ぶならもっと高尚な遊びを提案してくれ」
高尚と言われても。
「そうね……歌でも詠みましょうか?」
「歌……主人がしたいならそれもいい。昔はよく詠みあった……」
それがシンにとって大事な思い出らしいのは何となく分かるが、レンにはさっぱり思い出せない。
だがそれを言うと怒り狂うのは明白なのでレンは言わない。前に言って「貴様は痴呆かこのバカモノ!」と怒鳴られたことはさり気なくレンを傷つけている。痴呆って、今は差別的になるからって認知症に変わったのに。
「じゃあ主人が上の句を詠んでくれ。俺が下の句を詠もう」
上の句ってなんだったかしら?
……自分で言い出しておきながらそんなことを言えば、絶対痴呆扱いされる。何が何でも何か言わなければ。
そして、一つ思い出した。微笑みの滲んだ涼やかな声で、詠む。
「いいくにつくろう鎌倉幕府」
「――貴様は痴呆かこのバカモノォ!!」
何故シンに怒られるか分からないレンはきっと問題だろう。



「……何やってるんですか、レンさん」
 呆れている、というニュアンスを隠そうともせずに白は言った。正直夕から見ても女が間抜けに見えてしまう。
 床をうろちょろするネズミのおもちゃをねこじゃらしで追いかけていた。「ふふふふ〜〜」と這いつくばりながら。ダイニングテーブルの上に白猫がいるからその為のおもちゃなのだろうということは分かるが、その白猫はそっぽを向いて見向きもしない。微笑んではいるが、なんというかとても空ろな微笑だ。
 顔が現実離れして美しいだけに、ものすごく痛々しかった。
「シンがね、ヒドイこと言ったの……」
 何か幼児退行しているように見えるのは、気のせいということにしておいた方がいいのだろうか。
「多分、レンさんがとぼけた発言をしたんじゃないでしょうか」
「とぼけたって、歌を詠めって言うから詠んだだけなのに」
「はあ、どんな?」
「……いいくにつくろう鎌倉幕府」
 真面目に言ってんのかこの女。
 多分、真面目に言ってるんだろう。白が頭が痛いと言葉に出すのも面倒なのか、こめかみを押さえることでそれを表現しているが、女は見ていない。あくまでもネズミのおもちゃを追い掛け回している。
 確かに、怖いところもあるようだ。思ってたのとは別の意味で。
「あのね、……違うの、いつもこんな感じじゃ、……こんな感じなんだけど、本当に話し方とかは気をつけて。本当に、怖い人だから」
「あ、ああ」
 小声で注意を促すが、信じろというほうが無理な話だった。大体、夕の存在に今でも気付いてないし。
「連れてきましたよ、レンさん」
 ようやくレンと呼ばれてる女が、こちらを向いた。立ち上がり、テーブルに着く。
「貴方も、座って」
 先ほどとは違い、優しそうな微笑を夕に向けた。いつまでも見ていたくなるような、むしろ逆に不安になるような、そんな完璧な微笑。
 白と夕もレンとは向かい合わせにテーブルに着く。白猫は女の方に背を向け、白の方に顔を向けた。


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