続・高崎竜彦の悩み 〜降り懸かる災厄〜-8
「高崎さん!?」
玄関ドアを開けた待山さんは、ひどく驚いたようだった。
「悪いね。いきなり押しかけて」
迷惑料代わりに途中のスーパーで買ってきたワインのボトルを差し出してから、俺は部屋に上がった。
「構いませんけど……紀美子と、何かあったんですね?」
否定する気はさらさらなく、俺は頷いた。
「なかなかユニークなお友達だね、尾山さんは」
勝手に盛り上がって勝手に盛り下がった揚句に人の唇奪うような人、控え目に言ってもユニークとしか言いようがない気がするぞ。
当てこすった訳じゃあないが、それを聞いて待山さんは顔を曇らせた。
「ごめんなさい……」
「だから君が謝る事じゃ……」
あぁもぉ。
「高崎さっ……!?」
待山さんの唇は、柔らかかった。
「ん……」
漏れる吐息が耳に心地いい。
そして、俺達は……。
まあ、一緒に朝を迎えた訳です。
上品に言えば、な。
「おはようございます」
そう言って待山さんが起き出した俺に差し出した白いマグカップには、挽きたて淹れたてのコーヒーが入っていた。
「高崎さん?」
脳ミソがわやくちゃになると自暴自棄な真似に走るのは、自覚してたが……まさか、待山さんを襲うとは思わなかった。
いい加減にしろよ俺……三十路近い男のする事か!?これが!?
「後悔、してます?」
後ろめたい気分のままマグカップを受け取ってブラックコーヒーを啜っていると、待山さんがそう言って首をかしげた。
「私は、後悔なんてもったいない真似しません。高崎さんが私を抱いてくれた事、凄く嬉しいんですもの」
あぁ、良心が針のむしろでぐるぐる巻きにされる……。
「いや、無理矢理で悪かったなと思って……」
俺の言葉に、待山さんは微笑んで首を振った。
「私は後悔してません」
あぁ、ありがとう待山さん……。
「それより……ご家族が、心配されてません?昨夜の様子からして、家に連絡入れていたとは思えませんけど……」
「あ〜……」
心理的余裕が皆無だったとはいえ、家に連絡入れないのはまずったなぁ……ま、何とかなるさ。
「迷惑かけて、悪かったね。いったん家に帰るから、また会おう」
びくびくしながら玄関をくぐった俺を待っていたのは、予想通りに母さんのけたたましい声だった。
「ひっど〜い!!竜ちゃん、朝帰りするならどうして連絡入れてくれなかったのよぉ!?」
「あ〜……」
「おかげで晩御飯、無駄になっちゃったじゃな〜い!!」
怒るポイントはそこかぃ。
まあ、二十八にもなって朝帰りの一つや二つもしない方が、どうかと思えるか……。
「ムニエル、会心の出来だったのにぃ……美味しかったのにぃ……」
あ、落ち込んできてる……まずいな。
と、あさっての方向から声がした。
「母さん。兄さんの分、父さんが食べてるよ」
この声は……おお龍之介、ナイスフォロー。
「え〜嘘っ!」
ぱたぱたと、母さんが台所へ駆けていく。
「朝ごはん、早く片付けてねっ!」
その言葉を残して、母さんは台所へ消えた。
やれやれ……。
「お帰り」
入れ代わりで、龍之介がやってきた。
既に制服を着込み、出発の準備ができている。
約半日ぶりに生身の美弥ちゃんと会える喜びのせいか、顔に締まりがない。
まったく、見習いたくもないくらいのアツアツぶりだな。
まぁ、ノロケいっぱいの龍之介を毎日きちんと受け止める美弥ちゃんも、ある意味凄いか……。
「兄さん……待山さんの事、大切にね」
「……!」
俺が何か言うより早く、龍之介はシューズをつっかけて外に出た。
この先ずっと、弟にはかなわねぇかも知れねぇなぁ……たはは。
(終わり)