溺愛-2
「あらっ徳永…さん?」
聞き覚えのある声に振り返ると、深い藍大島に椿の花が散りばめられた着物を纏い、後ろ髪を無造作に髪留めで束ね、凛とした佇まいを魅せる箕山奈緒子の姿があった。
「やっぱり徳永さんね!ご無沙汰してました」
口角を緩ませ、満面の笑みを浮かべる奈緒子の表情には、満ち足りた余裕と、初めて出会った時の大人の色香を携えていた
「箕山さんじゃないですか!ご無沙汰しています。いやぁ、それにしても、すっかりオーナーらしくなられましたね?(笑)」
「本当に?照れちゃうけど素直に嬉しい!有難う」
「お休みなのに、勉強熱心ね?古美術の書籍?」
「これも箕山さんのお話を伺ってから、日本の古美術に興味深くなってしまい、ついつい立ち停まってしまって…。」
「本当に?嬉しいな!そう言われちゃうとお店やって良かったって思うし…ねぇ?お時間有ったら、私のお店にいらっしゃらない?土曜日は13:00からの営業なの、それに麗龍の飲茶も沢山買っちゃったし、一緒に食べましょうよ?」
くったくなく話す奈緒子に促され、晩秋とは云え秋晴れの空を頭上に仰ぎながら、骨董通りに面す奈緒子の店へと向かった
「ねぇ徳永さん、久し振りに、御自身で手掛けたお店に訪れてどんな気分?」
「感慨深いですね…。
自分が愛情を込めて創りあげたものですから、このジャスミンの香りも妙に箕山さんらしいし…。」
「良い香りでしょう?不思議とこのアロマスティックの香を炊いていると、心がしっとりと潤って行く感じがするの、それにね、お店に並べた古着物に移り香として残るの」
「僕には艶っぽい女性の色香を感じますよ!官能的でセクシーな感じかな?」
「艶っぽいって響き、綺麗な表現よね…・・・」
「どうぞ徳永さん、冷めないうちに召し上がって!」
松材で出来たカウンターに飲茶を添えると、中国茶器に熱いジャスミンティーを注ぐ奈緒子。
その爽やかな喉越しは、まるで渇いた心を静かに潤す様に感じられた。
「徳永さん纏足(てんそく)ってご存じかしら?」
ジャスミンティーを口元に運び、唐突に奈緒子が呟くと、僅か10センチ足らずの小さな靴らしき物を手にとり、そっと一樹の目の前に差し出した
「何かで読んだ事はありますけど、これが本物ですか…。」
一樹は目の前に置かれた纏足を手に採り、その木製で象られた奇妙な代物を、しげしげと見つめながら呟いた…。