いつか大きな花に成れ-4
「へーぇ、ここが御崎さんのオフィスかぁ。広くって明るくって、なかなか素敵じゃないか。さすがエリートさんだね」
「え〜そんなこと無いですよ。河合さんの居る営業部は個室じゃないんですか」
すると河合さん、手を顔のまえで振りながら。
「あそこは雑居フロアーだからね、ムサイ男連中が顔を突き合わせて、優雅さの欠片(かけら)もないんだぜ。なんとも殺伐(さつばつ)とした所だか」
そう言って笑う河合さん。わたしも釣られて笑ってしまいます。
「河合さん朝はコーヒーですか? よかったらわたし入れてきます」
ちょっと下心が有ったかもしれません、わたしは河合さんに好印象を持ってもらおうとそんな事を言い出し、給湯室にお湯を取りに行こうとしました。
すると。
「コーヒーはいいよ…… ぼくは君が欲しい」
河合さんは行きかけた私の腕を掴み、突然そんな事を言い出しました。
「えっ!?」
言われたわたしも、訳が解からず、固まります。
すると河合さん、右手でわたしの左腕を掴んだまま、左手をわたしの腰にまわし、自身の体をわたしの身体にくっ付けて来たではありませんか。更には、顔まで近づけて、強引にわたしの唇を奪おうとします。
「嫌ーぁ! 止めてーっ!!」
わたしは慌てて逃げようとしました。がしかし。
嫌がる私の腕をさらに引っ張って、河合さんは私を押し倒そうとします。
私は抵抗虚しく、仰け反る(のけぞす)ような格好で机の上に背中を押し付けられました。そんな私に圧し掛かるようにして河合さんは、自分の身体を私の上へと重ねて来ます。
私はもう駄目だと思いました。彼に掴まれた腕を激しく揺さぶり、首を横に曲げ、彼を拒もうと必死です。そんな私の横顔に容赦なく彼の荒々しい息が吹き掛かり、ギュっと閉じた私の瞳からも涙が零れました。
と、その時です。
”パシャーーンッ!”
突然、何か乾いたプラスチックでもはじける様な音に、河合もハッとしたのでしょう、わたしを押さえる力を緩めると、驚いた顔をして音のした方を見詰めていました。
私も同じでした、いったい何の音なのか、眼を見開き河合の見ている物と同じ物に視線を向けます。
見れば、机の上に有ったはずの小さな植木鉢が床に転がり、アイスクリームのカップの様なプラスチックの鉢が割れ、床一面に中の土が飛び散っていたのです。
暴れるわたしの腕が、鉢を机の上から叩き落したのでしょう。
落ちた拍子に折れたのか、やっと10センチほどになったスミレの茎もくの字に曲がり、葉っぱの1枚も、もげてしまっています。
河合は私の上に覆い被さったまま。
「ちぇっ! ……白けるなぁ」
そんな事を言って、足を伸ばし、床のスミレを踏みつけようとしました。
「止めてーーっ!」
果たして、わたしの何処にそんな力が有ったのでしょう。わたしは自分でも驚くほどの勢いで河合を跳ね飛ばすと、床に這いつくばるようにして倒れたスミレを庇っていました。
「もう出てってっ! わたしに構わないでっ!!」
そう叫び、泣きじゃくるわたしの声を、隣のフロアーで仕事をしていた優子が、聞き付けてくれたようです。
彼女は慌てて、壁一枚を隔てた隣のフロアーから駆けつけて来ると、私の居るフロアーを覗き込みながら、
「なにしてんのよ二人ともっ! 河合っ! あんた咲鮮(さやか)に何したのよっ!!」
と、怖い顔をして河合を怒鳴りつけました。
「何もしてねーよっ! 植木鉢が落っこちただけだろぅ。まったく、大袈裟ったらないぜ」
河合はそう言うと、なんだかふて腐れた様に口を尖らせて、部屋から出て行き、優子はそんな彼を睨みつけるようにして見送っていました。
そして彼女は、床に伏せ込んで泣いているわたしの背中を撫でながら、
「大丈夫……咲鮮ぁ。河合に何かされたの」
優しくそう言ってくれました。
優子に励まされながらも、わたしは身体を震わせ、ただただ、首を横に振るだけでした。