金木犀の誘惑-9
「待った?」
「うぅん、10分前位」
1ヶ月半振りに見る恵子の私服姿を目の当たりに、照れ笑いを浮かべながら、最上階へと続くエレベーターを昇らせた。
バーラウンジの扉を開け入り、予約席に座を据えると、お決まりのジャズピアノも心地良く、窓辺に浮かぶ東京タワーの景観が、二人の気分を自ずと高揚させていた…。
ベルギービールで乾杯のグラスを合わせ、コース料理に舌鼓を打ちながら、学生だった若い頃の武勇伝や、恋愛の話…、まるで1ヶ月半前の出来事は嘘の様に、端から見れば極普通の恋人同士にしか見えないであろう、そんな取り留めもない会話に花を咲かせていた…。
「何か不思議なんです…」
「何が?」
「遠い昔から知り合いだったような、初めて食事をご一緒した時から感じてたんです!」
「……………」
「君と関係を持ったからって言う訳じゃないけど」
「何かの惹き合わせかも知れない!」
「そんな気はするよ…」
「それにこの1ヶ月、気になって無かったと言えば嘘になるし…」
「私、素直に嬉しいです!まさか、そんな言葉を聞けるなんて、思ってもいませんでしたから」
「でも心配なさらないで下さい、これでも大人の女の端くれです、部長の立場は理解しているつもりですから…」
「理解して貰おうなどと、虫の良い弁解を言うつもりはないし、立場や環境も関係無く、一人の男として見てくれれば、それで僕は構わないよ…」
「私も一人の女として見て貰えるだけで満足です、でも時間が無いんです…」
「時間?」
「言っている意味が判らない、何か悩み事でも有るの?君さえ良ければ…」
「何でも無いんです…」
「心配掛けるような事言ってゴメンナサイ…」
「僕に理解出来ない事かも知れないけど、打ち明けてみたくなった時で良いから、あまりストイックに考え過ぎない方が良い…」
「有難うございます、でも平気ですから…」
「それより部長、ワインでも飲みません?ビールはもう飽きたでしょ?」
一瞬見せた憂い顔が、
瞬く間に微笑みを携えると、オーダーベルを押す恵子の姿は、いつにも増して大人の色香を放っていた。
時刻は23時を過ぎ、化粧直しと言って席を立った恵子が戻ると、仄かな酔いに身を任せていた大樹の目前に、そっとルームキーが差し出された。