金木犀の誘惑-4
「給湯室から乾いたタウォルを持ってくるから…」
数枚のフェイスタウォルを用意し、急いで応接室に戻ると、横たわる恵子は微かに寝息をたて始めていた…。
「駄目だよ!このままじゃ風邪をひいてしまう…」
酔い微睡む恵子を揺り起こし、フェイスタウォルを差し出すと、ゆっくりと上体を起こし、俯いたままの恵子が、か細い声で言葉を発した。
「ゴメンナサイ…」
「いいんだよ!何も言わなくても…。」
「それより濡れたままじゃ風邪をひくし、ロッカーの制服にでも着替えたら良いよ!少し休んだら家まで送るから…」
恵子は黙ったまま差し出されたタウォルを手にとり、濡れた髪にあてがうと、ふらつきながらロッカールームへと向かっていた。
制服に着替え、幾分正気を取り戻した恵子が大樹の元に戻ると、はにかみながら一礼をした…。
「雨に濡れる美人は艶っぼいけど、ずぶ濡れの酔っ払いはどうかな…?」
俯く恵子の目尻から、流れる光り捉えていた。
「気にしなくていい…」
「家まで送るよ…」
タクシーを呼び停め、恵子の住む中野の外れに向かって走らせると、嘘の様に雨が止み。大樹の肩にもたれ、いつかと同じ様に恵子の左手が大樹の右手に重なるも、振り解いてしまうには、あまりに冷え冷えした手の温もりに、おもわず握り返した大樹は、その首筋から金木犀の甘くセクシーな匂いを嗅ぎとり、それが恵子に似合いの香りである事を、改めて認識していた。
[恵子の素顔]
15分程で恵子の自宅に着き、玄関先まで送り届けると、大樹を引き止める恵子にほだされ、
少しだけならと、招かれる様に入っていた…。
小振りな3DKの家の内部は綺麗に片付けられ、部屋の隅から聴こえる可愛らしい鳴き声は、
人の気配で起きてしまった手乗り文鳥の鳴き声だった…。
「部長、お腹空いてませんか?」
「何も構わなくていいよ」
「作り置きですけど、チキンスープとビール位なら有りますから…」
いそいそと、台所に立つ恵子の後ろ姿を見やりながら、どこか懐かしい気分に浸る大樹に、暖かなスープと冷えたビールは、空腹だった胃袋に、格別な味覚を運んでくれていた…。
「部長、今夜はゴメンナサイ…」
旨そうに食す大樹を見つめ、まったりとした口調で恵子が話し始めた。