金木犀の誘惑-2
「遅く迄頑張るね?」
「せっかく週末なのに…」
「部長こそ、もう来週にされたらどうですか?」
「あぁ、もう切り上げるつもりでいたんだ」
「君、住まいは近いの?」
「中野ですから、心配なさらないで下さい!」
「あの…宜しければ、」
「新宿でお酒でもご一緒しませんか?」
「いいね!行こうか?」
突然の誘いに快く応じると、新宿副都心のビル風が舞う夜道、そぞろ歩く二人の足音を郷土料理店へと運ばせていた…。
21時を廻り、にわかに活気づく新宿の夜。恵子が独りで訪れる店でもある料理店に座を据え、
芳醇に香る美酒に相まって、カウンターで横並びに座る恵子から、
微かに金木犀の香りが漂っていた…。
「部長、私の祖父も新潟の小千谷の出なんです」
「既に亡くなったんですけど、祖父の口聴きでこの会社にお世話になれたんです…」
「そうか!大塚君にも新潟県人のDNAが流れてるって訳だ!(笑)」
「女性の君に年齢を聞いちゃ失礼かな?」
「全然平気ですよ、何歳に見えます?」
「う〜ん!36歳って感じかな?」
「嬉しい!部長、私39歳ですよ(笑)」
「じゃあ僕と3歳違いか?若く見えるね!」
「部長こそ、30代にしか見えませんよ…」
「素直に喜んで良いのかな?(笑)」
「勿論!若々しさは活力のある証拠、素敵な事ですよ!(笑)」
取り留めの無い会話にすっかり寛ぎ。幾分酔いが廻ったのを見計らい、客待ち顔のタクシーを拾い、中野にある彼女の住まいに向かって走らせると、突然恵子の左手が大樹の右手の甲に重ねられ、一瞬たじろぎながらも、努めて平静を装っていた
[あっ、この辺で停めて下さい!]
恵子は急停車するタクシーから降り、車窓越しに大樹を覗き込みながら、オヤスミナサイと口元を動かす仕草を見せると、暗がりの中へと小走りに消えて行った…。
その姿を確かめた大樹は、金木犀の残り香を乗せた車を、家路へと走り出させていた。