さよなら-4
高くなりつつある太陽を背に歩き始めた俺は、陽気に浮かれた気分のままこのあとのプランを練り始めた。これから歩いてミラモールまで行こう、そしてしのちゃんの大好きなお菓子をたくさん買って今夜宅急便で送ろう。そうだ、ミラモールにうまい唐揚げの店ができていて、昼の定食は唐揚げを一個単位で好きなだけオーダーできるんだよな。よし、たらふく食って、この幸福な休日、穏やかな休日を堪能しよう。
ミラモールまでは歩いていくとたっぷり小一時間はかかる。まあ、ちょっとした運動もたまには必要だ。
ミラモールで韓国系やちょっと奮発してイタリアから輸入されたお菓子を買い込み、しのちゃんと食事したイタリアンの隣にオープンした唐揚げの店でがっつり ―黒醤油唐揚げ三つ、ガーリック塩唐揚げ二つ、豆板醤ピリ辛唐揚げ二つ― たいらげる。けっこうボリューミーな唐揚げだけど、六つ以上注文すると一つあたり五パーセント割引になるという謳い文句に惹かれてついつい食いすぎた。食べ終わってからもすぐに動けず、スマホでネットをしばらく見てから立ち上がったくらいだ。
膨れた腹を抱えて、さすがに帰りは電車に乗り、コンビニで宅急便の送り状をもらってアパートに帰る。日が長くなったから気づかなかったけれどいつのまにか夕方になっていた。しのちゃんへ送るお菓子をテーブルの上に置き、シャワーを浴びようかどうしようか迷ってふらふらとベッドへ倒れ込んだ。気温高めの日のウオーキング、腹十分目、いやそれ以上の食事、何より今朝は早起きしたときている。さおりさんのお店が一段落してしのちゃんとのビデオ通話ができるまではまだ時間がある。それまで、あくまでそれまでまどろむつもりで、俺は心地よい疲労感の中でことん、と眠りについた。
がば、と跳ね起きると、夢見心地の中でかすかに感じていた不安が的中していた。スマホの時計は九時をまわり、その待受画面にはさおりさんからの着信が、それも浅い時間に複数あったことを示している。あわててその着歴をタップして折り返す。繋がらない。
呼び出し音をしばらく虚しく聞いてキャンセルボタンをタップする。やっちまった。眠りの中で、もしかして結構長い時間寝てるんじゃないか、もう目覚めないとまずいんじゃないか、と脳が信号を発していたのはどっかで自覚していた。心地よい疲労感に勝てなかっただけだ。
息を吐きながら立ち上がり、灯りを点け、冷蔵庫からスーパードライを出して栓をしゅこ、と開く。辛口のビールが一層苦く喉を過ぎる。この時間はまだ営業時間内で、さおりさんはそう簡単に手を離せないはずだ。しのちゃんが俺からの着信に気づいてくれればいいけど。
鳴らないスマホを眺めながら、ちびちびとビールを飲む。腹はちっとも空いていない。いくらなんでもでかい唐揚げ七個の定食は食いすぎたな。まあ早起きしたからってのもあるけど、昨日の、麻衣ちゃんと幸恵ちゃんの全裸生オナニーを見て二人の匂いを堪能しながらの七連発が効いたのかもしれない。肉体的疲労に高揚しすぎた神経の昂ぶりがもたらした心拍数の激しいアップダウンも影響してるんだろう。
スマホが鳴動したのは二本めのスーパードライを空けきった頃だった。
「はい……」
「もしもし?お兄ちゃん大丈夫?もしかして具合でも悪いの?」
さおりさんの気遣う声が胸に痛い。
「いえ、具合はちっとも……ちょっと昼寝するつもりだったんですけど、つい」
「ああ……疲れてるんじゃないかしら。お仕事、大変なの?」
「や、そんなでもないです。あの、しのちゃんは……」